「あいにく、今夜は先約がありますから後日でお願いします」
「へえ、これもまた即答なんだ。少しは悩んで欲しかったな。それも興味深い」
断られると思ってなかったんだろうか。眉を少し上げて驚いたような顔をした。

この人、子供のころから自分の望むものは全て手に入れてきたって感じなのかな。
やっぱりあちら側のヒトだ。

「そんなに嫌な顔しないでよ。無理に連れ出そうだなんて思ってないよ」

「そもそも、私が助けたのはあなたじゃありませんけど、なぜあなたが私にお礼とかお詫びを?」
再び私の顔に警戒の色が浮かんだのが見えたのだろう。

「桐山さんのその疑問はもっともだね。本来、お礼をすべきなのは真人だ。だから、真人も君を探そうとしているけれど、あの時の記憶がないそうだ。探そうにも手がかりがない。一緒にいた女たちも君の顔を覚えていないと言うし」

「だったらほっといてくれて良かったのに」

「いや、俺がキミに会いたかったんだ。真人にも俺抜きで会わせたくなかった」

「は?」
私が眉間にしわを寄せたところで私の胸ポケットに入っている医療用PHSから呼び出し音が鳴った。

ハッとしてお互い目を合わせた。

「時間切れか。じゃあ、とりあえず連絡先だけは今日の夜までによろしくね」
私の右肩にポンと軽く触れて井原さんは特別室の方に向かって歩いて行った。

私はそんな彼の姿を横目で追いつつ電話に出た。

「はい、桐山です」

電話は病棟からで特に急を要するものではなかった。
でもちょうどよかった。どんな内容にしても、あの井原という人とあれ以上の会話は疲れる。

後が面倒だから、井原さんに私の連絡先は教えるつもりだけれどプライベートで会うつもりは全くない。
ただ、あんなところで最敬礼して私を困らせる人だ。かなり慎重に対応しなくてはいけないだろう。
おまけにケイのことを知っていた。
ケイにこれ以上迷惑をかけるのは絶対に嫌だ。

はぁー。
今日はよくため息をつく日だ。
この後、如月先生たちとの夕食の場でため息をつかないように気を付けないと。