知代が内心でそんなふうに焦っているのには気づかない様子で、菊池くんはスイスイと知代の手を引いて歩く。
 キラキラしたイルミネーションの光が、少し前を歩く菊池くんの姿を淡く縁取っている。
 その輪郭を、知代は視線でそっとなぞる。この幻想的な光の海のような光景と、それを隣で見てくれた菊池くんの姿を、しっかりと焼きつけておこうとしているのだ。
 そうすれば、今日のデートが終わっても、きっと何度でも思い出すことができる。
 菊池くんのような素敵な男の子とデートできる機会など、これからおそらくないだろう。それでも、今この瞬間を覚えていれば、ずっとずっと幸せに生きていける気がした。

「あのさ、何で俺のこと、デートに誘ってくれたの?」
 ふいに菊池くんが足を止める。振り返るその表情は、逆光になって見えない。
「えっと、前から菊池くんのこと、素敵だなって思ってて……」
「でも、『付き合ってください』じゃなくて『一度でいいからデートしてください』って言われたのが、実は気になってたんだよね」

 小首をかしげ、優しげな声で尋ねられ、知代はドキッとした。
 交際を申し込むわけではなく、デートだけに誘うというのは不誠実だったのだろうか。それをなじる様子はないけれど、知代はどうしようかと悩んだ。

 二十歳までに、素敵な男の子とデートをしたい。

 これは、知代が子供の頃から抱いていた憧れだ。もう気にしなくてもよくなった今でも、知代にとって二十歳という数字は大きな意味を持ち続けている。だからこそ、自分では釣り合わないとわかっている菊池くんをデートに誘えたのだ。

「あのね、私、ずっと『二十歳までに素敵な男の子とデートをしたい』って思い続けてたの」

 知代は、自分のことを話してしまおうと思った。
 重たいと思われてしまいそうな話だ。あるいは、くだらないと思われるかもしれない。
 それでも、尋ねてくれた菊池くんに適当なことは言いたくないし、何と思われてもこれっきりだからいい。
 そう思って、知代は口を開いた。

「私、子供のときにちょっと重たい病気をしてて、二十歳まで生きられないかもって言われてたの。だから、私にとって二十歳って何だか大きな節目みたいに感じてて、病気が治ってからも、ずっとその意識だけ変わらずに生きてきたの」

 なるべく重たい話に聞こえないように、知代は明るい声で話した。
 実際のところ、今となっては重たい話ではないのだ。
 子供の頃は何度も入院したし、激しい運動を制限されるなどの不自由はあったけれど、知代は何とか生き延びた。
 あと数日で、大きな節目だと思っていた二十歳になる。

「……そんな、特別なデートだったんだ。その相手が、俺でよかったの?」

 菊池くんは、つないでいる手にギュッと力を込めた。その手の感触とぬくもりに、どうやらドン引きされてはいないようだと知代はホッとする。

「菊池くんが、よかったの」

 改めて言うのは恥ずかしくなって、知代は自分の顔が赤くなるのを感じていた。でも、菊池くんの顔が見えにくいように、向こうにも知代の顔はあまり見えていないだろう。だから、顔を赤くしたまま言葉を続ける。