シリウスはなお赤い目で見つめてきたが、
いい加減鬱陶しくなり、

胸元にある手をはねのけた。


少し離れた鏡台の引き出しから
櫛(くし)を取りだし、椅子に座って
鏡に向かった。



「……まあ、お前がそう言うなら、
そうなのだろうな。

了解だ。」



「それと、中毒性もあります。

人間らしさというものをなくしても
召喚を続けると、

やがて
お嬢様は完全に私の物になりますね。」



そういう大事な話はもっと早く言って
ほしかったな。


特に最後。



「その上、お嬢様がどのくらいの対抗力を
持っているかで話が変わってきますよ。

一度の召喚で心がなくなりかけた方も
いらっしゃいましたし、

はたまた数十回も召喚したご主人様も
いらっしゃいました。

ちなみに、私の物にまでなってくださった方は、かなり少人数です。」



「最後はどうでもいいが、とりあえず
個人差があるのは分かった。」



私がそういいながら髪を梳かそうと
すると、シリウスは櫛を受け取り、
私の髪を梳かし始めた。


髪を梳かされながら何気に窓を伺うと、
雨は降っていなかった。



代わりに、不気味で蒼白い大きな月が、
ひっそりとここを照らしていた。

それをみると、不思議と私の心に
ピキリと罅が入ったような気がした。



なにかが崩れ落ちるように、
砕け散るように、なんともいえない

虚しさと哀しみが、
心に覆い被さったのだ。