もう一度ため息をつくと僕は、職員室へと戻った。


「先生」

「ん?」
 
声を掛けられて振り返ると佐伯さん。
まだちょっと赤い顔で視線が微妙に泳いでいる。

「その、さっきは、あの」

「ああ。僕は何も見てないよ。
そもそも教室になんか行ってないし」

「……ありがとうございます」
 
ちょっとだけ笑った佐伯さんを見送ってさらにため息。

……ねえ、知ってる?
あんなきれいな泣き顔みせられて、恋に落ちない男なんていないってこと。
どうしてくれるの、ほんと。
こっちは教師でそうそう手出しなんかできないのに。
 

この日から僕の、一年半に及ぶ長い葛藤の日々が始まった。

【終】