ケータイ小説 野いちご

花京院社長と私のナイショな関係

社長の周りを囲んでいた黒い雲のような塊を吸い込むと、体の力が全部抜けたみたいになった。
腕を掴んでいた社長が慌てて体を支えてくれたけど、力がまるで 入らなくて自力で立っていられない。

でも人通りの多い退社時刻のエントランスに社長様と密着しているのはまずい。
植木の隅にでも置いてもらおうか。時間が経てば多分大丈夫だし、とぼんやりした頭で考えていると、社長の肩に乗っているおっさんが私の顔を覗き込んだ。

「篤人(あつと)。こいつにキスしたれ」

は?

「ちょっと長いやつ。舌入れるんやったらまあ短いんでもええけど」

長いって、ちょ、なに言ってんのおっさん!!

「だ、大丈夫です。その辺に転がしてもらえれば…」

「そういう訳にはいかないだろ」

さすがにおっさんの指示には従わなかったけど、社長は私の背中と膝の裏に腕を回し立ち上がった。
こ、これはお姫様抱っこというやつでは…!
そのまま、すたすたとエレベーターホールに向かわれる社長。
身じろぎするにも力が抜けきって逃げることもできない。
ぎょっとしたように見る人、「わ!」って声に出して驚く人、私を睨みつける人などなど、行きかう人々の視線に晒されるという羞恥プレイ。

「下ろしてください。お願いします」
「腰が抜けて立てないだろ。いいよ、気にしないで」
「い、いえいえいえ」
「家にも送るから、少し話をしよう」

そのいえじゃないです断ってます家に送るとか腰がどうとか変な言い方しないで…!周りの人たち耳が象になってます…!

結局、抱きかかえられたまま地下駐車場に行き、社長の物らしき車のシートに座らされた。
すると社長の肩から私の膝におっさんがひょいっと乗ってきた。
重さは全くない。やっぱり人形とかぬいぐるみじゃないらしい。じゃあ何かと言われると不明物体だけど。
私の顔を見上げ、じろじろと不躾な視線をぶつけてくる。怖いから目が合わさないよう反らした。

「きついか」
「え?」
「体や。黒いやつ吸って体が重うなっとんやろ」
「あ、はい」
「篤人、お前に憑こうとしとったあれを、この嬢ちゃんが浄化してくれたんや。視たやろ」
「ああ…視えた」

あ、やっぱり。社長、吸い込むの視えてたんだ。

「せやからキスしたれ。嬢ちゃんの陽の気が足りんようなっとる。補給してやらんときっついで」
「そうなのか?…分かった」

分かったって社長、今の説明で納得したの!?
せやからって、何がせやからキスなの!?
そう反論する前に、私の唇は社長のそれに塞がれていた。

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