出張に出かける前夜からホテルに泊まってた彼は飛行機に乗る直前、一度だけ電話をしてきた。

一緒にパリへ行く顧客と一緒だからと言って、あまり長くは話せなかったけど……



「顔も見せずに出かけてごめん…」と謝られた。

あたしも「おばあちゃんがスープカップを落とされてたもんだから、見送れなくてごめんなさい…」と謝った。


誤解されたままは嫌だったから、それだけを伝えられてホッとした。
幸いにもおばあちゃんは火傷も何もしていません…と話すと、彼は心底安心していた。


「迷惑ばかりかけて申し訳ない…」


久城さんの声が周りの騒めきの中に沈んでいく。
その声を励ますように、努めて明るく答えた。


「大丈夫ですよ。おばあちゃんのことなら心配せずにお仕事楽しんできて下さい。何かあったら連絡します。あたし達にお土産とか、特に気にしなくてもいいので…」


パリ出張なんてスゴいな…と思ってた。

一体どんなアンティークショップに勤めているんだろう…と、あれこれ想像してしまう。


ざわつく電話口の向こうから、「うん、でも…」と久城さんが言い始める。その言葉を邪魔するように、女性の声が響き渡った。


『剛さん、ゲート開きましてよ!』


明るめの声は若かった。てっきり男性の顧客かと思ってたから、かなりギョッとしてしまった。


「あ…あの、久城さん……」

「悪い、お客が呼んでるから行くよ。また時間が取れたら連絡する、じゃあね」