学校に着いても晴樹と美由紀の興奮は冷めなかった。クラスメイトに囲まれ、輪の中心で得意げに事件のことを話し続けた。
 言いたいのもわかるが、人が重傷を負っているのは事実だ。俺は感心できずに遠目で眺めていた。
「そういえば、お前を見ていたよな。あの女」
 晴樹から話題を振られてドキッとする。せっかく忘れかけていたのに、思い出してしまった。クラスメイトの注目も俺にかわっている。
「なあ、何か話しかけられたろ。何て言ってたんだ?」
 聞かれたら答えないわけにもいかない。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ……だったかな」
 言って妙なことに気づく。おかしい。俺よりも晴樹のほうが近くにいたはずだ。俺に聞こえて晴樹が聞こえなかったなんて有り得るのだろうか。
「なあ、美由紀は聞こえなかったのか?」
 不安になって、事件の時に隣にいた美由紀にも聞く。彼女は首を横に振って応えた。
 まじかよ。俺だけが聞こえた?
 背筋に寒気が走ると同時に、美由紀が微かに笑った。
「ひとりだけ聞こえたなんて変だね。祟られていたりして」
「生きている人間が祟るかよ。趣味の悪い冗談を言うな!」
 自分でも驚くくらいの大きな声が出た。
 皆が俺に注目したと同時に扉が開く。
「なんの騒ぎだ。チャイムはなっているぞ。はやく席に着け」
 授業開始のチャイムがなっているのにも気づかなかった。慌てて席に着く。
 その途端、激しい頭痛が襲いかかってきた。頭痛に悩まされて七日間。その中でも一番の激痛だ。
 このままだと意識が保てない。いや、命を落としてしまうのではという恐怖に襲われる。
 頭を抱えて唸っている俺を見て、美由紀が卒倒しそうな顔をしている。何故?
「ねえ、聞こえていたんでしょ……」
 背後で声が聞こえた。生温かい息遣いも感じるほど近く感じた。振り返ったら駄目だという防衛本能が働く。
「ねえ、私のつくった曲いいでしょ……」
 あの女の声に間違いない。消えてくれ。お願いだから、消えてくれよ。
 遠くで携帯の着信音が聞こえた。軽快なリズム――そして高音質。
 授業中だ。誰かがかけているはずがない。これは幻聴だと自分に言い聞かせるしかない。
「私が友達にあげた曲……」
 その言葉を最後に気配が消えた。曲も頭痛も嘘のように――。
 恐る恐る声がしたほうを見ると、机の端にはっきりと手形が残っていた。

 俺は授業が終わると、激しい頭痛を理由に早退した。
 教室を出た時の不安そうな美由紀の顔が気になったが、今はあの女のことが知りたい。
 両親は共働きなので、この時間はいない。
 パソコンの電源をいれて人気着信音で検索する。すぐに検索結果が出た。その中から着信音の作成者情報を捜す。
 あった――女子高生。いじめで飛び降り自殺。
 え、いじめで飛び降り自殺?
 話がつながらずに混乱した。俺に話しかけてきた女子高生は生きていたはずだ。じゃあ、授業中に聞いた声は何だ。この自殺した女子高生か。
 更に書きこみがあるのでスクロールすると、引っ越し前日に親友にプレゼントした曲とあった。その引っ越し先でいじめに遭い、最終的に自殺したらしい。
 その後、いじめの加害者たちが事故や原因不明の病気になっているとも書いてあった。
 美由紀が言った「祟られていたりして」を思い出す。
「まさか。嘘だろ……じゃあ、傷害事件を起こした女って」
 無意識に声が出た。そして脳内で文字が紡がれた「祟られていたのか?」。
 だとしたら着信音が原因に違いない。それじゃあ、あの曲を着信音にしているのってまずいんじゃないか。
 クラス中の皆や家族が気に入ったと言っている。俺は選んでいないが、ぞっとした。最後に気が狂って人を殺してしまうのではないかと。
「ただいまー! お兄ちゃん。帰ってるの?」
 学校から帰ってきたのだろう。妹の声が聞こえた。階段を駆けあがる音とともに、曲が聞こえてくる。高音質だ。
 その途端、俺はまた激しい頭痛に襲われた。それでも体を動かす。
 とんでもないことが起きる前に、曲を変えさせないといけない。
「その曲を、とめろ!」
 俺の剣幕に妹が曲をとめる。そして、不機嫌そうに俺を睨んだ。
「何よ。急に……聴くと勉強の効率が上がるって、脳波を研究している大学教授が言っていたから、そうしたのに」
「朝、駅構内で刺殺事件があったの聞いたか? 俺、現場を見たんだ」
「え、携帯のニュースで見たけど、その時間だったの!」
 驚いた妹だが、すぐに「それが曲と何の関係が?」といった表情で動きをとめる。
「刺殺事件を起こした女が妙なことを言っていたから調べたんだ。これ見ろよ」
 俺の説明で妹はのりだすようにパソコン画面を見た。画面をスクロールさせていくにつれて顔色が悪くなっていく。
「この曲って、いじめに遭っていた子が友達にプレゼントしたものってこと?」
「ああ、そして自殺している。刺殺事件を起こした女が言っていたんだ。私の曲を嫌わないでよって。あの声は人の声じゃなかった。腹の奥底から絞り出された呪いのような」
「それって……」
「加害者は曲を聴いたせいで、霊にあやつられたんじゃないかって思う」
「わかった。違う曲にする。けれど曲をつくった人、かわいそうだね。人気の曲の裏にそんな話があったなんて」
「うーん、どうかな。霊になって怨むのもどうかと思うけど。人気の曲だということも理由があるのかもしれないな。一種の言霊みたいな呪いかもしれない」
 妹に忠告した後は、友達全員にメールで警告する。
 自殺をした女子高生が恨みでと考えたら、こうしたほうがいい。
 携帯の電源を消してほっと息を吐いた。
 そして、妹と話しているうちに、いつの間にか頭痛が消えているのに気づいた。
 考えてみると、頭痛は着信音とつながりがあったのかもしれない。頭痛がしなかったのは授業中だけ。曲を聴くことがない時間帯だからだ。
「ねえ、そんなに私の曲を嫌わないでよ」が思い出されたが、関わりがなくなったことで安心した。

>>(続き)6ページ目へ