……わかってる。

潤さんは別に下心もなく、ただ体を気遣ってくれているんだっていうことは――……。

だいたい、男性があたしなんかを本気で相手にするはずがない。

――あたしはとびきり可愛いわけでも美人なわけでもないんだから……。


それでも、勘違いするあたしの心臓は爆発してしまうんじゃないかっていうほど大きく鼓動を繰り返している。

おかげで、『こちらこそごめんなさい』と謝ることさえできない。


それどころか顔を俯(ウツム)け、潤さんから視線を外す始末だ。

これは失礼以外の何者でもない。


そんなあたしのせいで、季節は夏なのに玄関の空気がひんやり冷たくなってしまう。

沈黙が生まれてしまった。


潤さんはこれから仕事で、無用な心配をさせてはいけない。


だから何か明るい話題でこの場を盛り上げ、心置きなく仕事に励(ハゲ)んでもらわなければならない。

それなのに、あたしは気の利いた言葉すら話すことができない。

不器用な自分が情けない。


自分を責めると、さっきまであった心臓のドキドキがズキズキに代わる。

目からは涙があふれてきた。


「パパ、せくはら~」

そんないたたまれない空間が続く中、沈黙を破ったのは潤さんの娘さん。祈(イノリ)ちゃんだ。

声がする方に目を向けると、彼女は大きな目を細め、じと目で父親を見つめていた。


祈ちゃんのたったひとこと。

それだけで、たしかにさっきまであったおかしな空気が一気に消え去っていく……。