赤いコック服に身を包んだ彼こと大前は、店長兼料理人である。

「小堺さん、緊張してる?」

「え、ええ…」

声が震えているせいで、上手に答えることができない。

そんな千広に大前は笑って、
「小堺さんもバイトとは言えど、社員の1人だからね。

笑ってたら何とかなるよ」
と、言った。

あなたみたいに笑いなれてないから何とかならないんですよ。

心だけで言うのは簡単だ。

千広は「はい」と、首を縦に振ってうなずくことしかできなかった。

「とりあえず、笑顔」

彼の手が伸びてむいっと頬を上にあげられた千広は、何も言えなかった。

「もう少しで開店するから」

そう言うと、彼は厨房に入って行った。

「ホントに向いてない…」

千広はそう呟くと、前菜と温前菜のメニューを頭にたたき込んだ。