「未波」

 名前を呼ばれ、肩を揺すられる。
 戻ってきた。
 温かみのあるオレンジ色の壁紙、青いチェック柄のテーブルクロス、木のテーブル。バル・ケタルだ。
 飲み会の席で目覚めたわたしが最初にとった行動は、自分の手を確かめることだった。
 親指、人差し指、中指、薬指、小指。
 指輪の跡はない。ひとまずほっとした。

「未波、大丈夫? いきなりテーブルに突っ伏すから心配したよ」

 背中をさすってくれる亜依がジャージ姿じゃないのが、不思議な感じで、何度かまばたきを繰り返した。

「わたし、寝てた?」
「うん。普通に呼吸してたし、顔色も悪くなかったから、救急車は呼ばなかった。単に寝不足なのかと思ってそのままにしておいたけど」
「どのくらいの時間だった?」
「んー、十分か十五分くらいかな」
「ごめんね、心配かけて」
「いやいや、慣れてるし」
「おいらも心配したよー。未波ちゃん、こっち見て? ほら、これおいしいよ。たんと食べな」

 向かいの席に座る航が、つくねを薦めてくれる。
 テーブルには食べきれないほどの料理が並び、航はいつものように銘々皿に取り分けた料理にたっぷりの辛子を載せていた。
 かけている眼鏡は明るい青いフレームで、よく似合っているけれど、前から愛用していたっけ。思い出せない。