終業後の飲み会は居酒屋のチェーン店で開かれた。職場の集まりというと決まってこの店を利用している。職場から徒歩五分で携帯の電波もつながる、というのが主な理由だ。だから、飲み会のお知らせ文書には会場が『いつもの店』としか書かれていない……本当だって!

 本日の主賓は私の直属の上司にあたる。先月に営業二課から異動してきたのだけれど、課全体で妙に仕事が立て込んでいて、歓迎会が予定していた時期より一週間延びてしまっていた。といっても予定が成立しないほど年中繁忙期なわけでもなかった。
 うちの会社は業種でいえばフラワービジネス業にあたる。直営店舗やネット販売、世に言う『お花屋さん』だ。私の在籍する営業四課はブライダル関連の花を扱っていた。式場やホテル、レストランが主な納品先。葬儀のように急な発注は少ないものの、五月六月ともなればジューンブライドの駆け込み需要でそれなりに仕事が舞い込むこともある。お客様あってのこの業種だから、少しくらい歓迎会が延びても気にしないのが暗黙の了解だった。


「おーい、そろそろ質問タイムはじめよっかあ!」

 ピッチの早い人に飲み物のお代わりが配られたタイミングで、郡司(ぐんじ)さんが声を上げた。みんなから郡司さん郡司さんと呼ばれているこの人はもうすぐ五十歳になるとかならないとか。本来なら佐藤さん、しかも課長だから佐藤課長とでも呼ぶべきなんだろうけど、みんながそう呼ぶからそれで通っている。

「じゃあ姫ちゃん、席も近いし、質問係お願いね!」

「了解でーす」

 私もまた姫里(ひめさと)という苗字だけど、みんなが姫ちゃんと呼ぶからそれで定着している。たたずまいを直して、余っているお手拭きの袋をぴんと延ばしてマイク代わりにし、隣の主任に向き直る。


「ではでは、異動まもない谷口瑛主(たにぐちえいす)主任」

 私の声に、谷口主任は双眸をこちらに向けた。目鼻立ちのきりりときつく整った男らしい容姿。怒っているふうにもみえるから、見つめられると気圧される。気の弱い女の子だったら、震えあがって口が利けなくなるところだ。
 私はパートナーとして、この場にいる人のなかでは一番会話をこなしているので(といっても十日程度だけれど)軽く睨まれた程度では逃げずにいられるくらいの耐性はできた。ガン飛ばされたくらいじゃ負けないんだから!