その日の夜、いつものように自転車に乗り、駅前の塾へと走った。
塾は週2回だけど、その日以外も毎日塾の自習室に行って勉強している。
今日は塾の日。
塾の入口前に自転車を停めていたら、茜が自転車で走ってきた。
「くるみ、私見ちゃったんだけど」
茜が自転車を停めるなり、興奮しながら話しかけていた。
「何.....を?」
茜は私の腕を掴んで耳元に顔を近づけた。
「今日、O高校の人と一緒に帰ってたでしょ」
「あっ!」
自動ドアが開き、先生たちに挨拶すると茜と一緒に階段を上った。
「すごく背が高くて、足が長くて、顔見たかったな......
ねえ、くるみとどういう関係?いつの間に?」
教室に入っても、茜は興奮状態だった。
「あぁ、あのね.....」
私は茜に凪くんとのことを全部隠さずに話した。
「すごーい!」
茜が両手を合わせてそう言った瞬間、先生が入ってきて授業が始まった。
「帰り、また聞かせて」
茜がひそひそ声で言ってきて、私は小さく頷いた。
こういう話を茜にするの初めてだ。
今まで私、男子をそんな風に見たことがなかった。
部活ばっかやってて、女子と一緒にいるのが当たり前で、
こんな、男の人にドキドキしたり、胸がきゅんとしたりすることなんて、
今まで一度もなかった。
こんな気持ち.......初めてだ.......
【くるみ】
凪くんの声は、低くて優しい響きだと思った。
その声で、優しく名前を呼ばれるだけで胸がきゅんとする。
優しい言葉を囁かれると、頬が熱くなる。
今だって、こうして思い出すだけで、こんなにもドキドキする。
大人っぽい顔が、笑うと急に幼くなって、
かわいくて。
その笑顔がたまらなく好きだと思った。
細い体も、ゆっくり歩く長い足も、
ぎゅっと繋いでくれた大きな手も、
全部好き。
「井川ー、聞いてるかぁー」
「あっ、はい」
「しっかり聞けよー」
やばい、ちゃんと勉強しなくちゃ。
絶対に凪くんのいるO高校に合格しなくちゃ。
私は頬をぺちぺちと叩いて気合を入れた。