解情学園四中は三学年六クラスあり少子化の時代に世間一般的な認知力がある。建物は円形で中世のコロッセオをイメージした、と校長が熱弁をふるっていたがそんなことはどうでもいい。それでも円形で囲まれた中心にあるのは校庭であり噴水まで完備されている。球技をやるには適さない校庭と思われがちだが、サッカーが一つの校庭で二試合分できると考えればその面積は想像に難くない。
「窓の外ばかり見ていると、内申点下がるぞ」
 高円寺は目をこすりながら隣の席を振り向いた。四ッ谷アカリが黒縁メガネを人差し指でずり上げていた。清楚可憐なショートカット。白いブラウスの第一ボタンまでしっかりと留めていた。彼女を見ると否が応でもスクール水着を想起させた。
「今日は集中できない。昨日は暑くて寝つけなかったんだ。国民全員がクーラーを止めれば、俺もすぐに寝つけたと思う」 
 高円寺は言った。正確には阿佐ヶ谷なぎさを自宅まで送り届けたのだが、そこまでの道のりは決して平坦ではなかったのを思い出す。なぜなら彼女が意識を失っていたからだ。
「ならクーラー付ければよかったじゃない。文明が進んだ結果、クーラーが誕生したんだから大いに使用するべきよ。クーラーを使用することで、寝つきの悪さは改善されるし、快眠が訪れるじゃない」
 四ッ谷は説得力ある物言いで高円寺を論破した。
「まあ、そうなんだけど」と高円寺は欠伸を炸裂させ、あることに気づく。「なあ、四ッ谷」
 なに?と四ッ谷が目を丸くし、「お前さ、阿佐ヶ谷なぎさについて何か知ってるか?一、二年、と同じクラスだったよな。些細なる情報を期待したい」高円寺はルービックキューブ型の解錠模型で鍵師の訓練に励む。
「身長は163センチでスタイリッシュ。ミステリアスな雰囲気を醸し出し、テニス部の主将を務めている。繰り出されるサーブは正確無比で、それでいて性格も掴めない。異性に圧倒的人気があるが男の影はない。勉学に関していえば四ッ谷あかりと同等かそれ以上の秀才。以上かな」
 高円寺は呆気にとられながら四ッ谷の解説を聞いた。開いた口が塞がらない、とはこのことだ。さらにいえばルービックキューブ型の解錠模型は一向に進まなかった。
「お前ってさ、なんでも知ってるよな」
「なんでもってことはないよ。知ってることだけ。それに、知らないってことは、知ろうという好奇心に繋がる。好奇心が偉いの」
 偉い、と四ッ谷は自分に言い聞かせるように再度言う。
「阿佐ヶ谷って、体調とかどうなの?」
「体調?」
「だから、頭が重いとか、女子の体内バイオリズムって複雑じゃん」
 高円寺は言葉を選びながら言った。阿佐ヶ谷の頭って軽くない?なんて訊いた日には別の意味にとられかねない、この小さな諸問題が後々、大きな火種になりかねない。言葉のセンテンスは難しい。
「高円寺君って阿佐ヶ谷さんの事、好きなの?」
 四ッ谷は鋭い目つきを放つ。
「なに言ってんだよ!」と高円寺は声を荒げ窓の方を向いた。教壇に立つ教師が、んほん、と空咳をするが、成績優秀である四ッ谷も会話に加わっていることで注意できないことを彼は知っている。
「誰かを知りたい、と思う事は恋の入り口よ。出口があるかはわからないけど」
 四ッ谷の言い方に、ぷっと高円寺は息を吹き出した。
「やっぱり、四ッ谷ってなんでも知ってるよな」
 高円寺の言葉と共に、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。
「ああ、そういえば」と四ッ谷が何かを思い出しように授業終わりに行う礼をしながら言った。「阿佐ヶ谷さんってミステリアスで無愛想なんだけど、一年の一学期までは、笑顔も見せて明るかったのよ。でも、夏休みが明けたぐらいから現在の彼女に生まれ変わった印象があるわよ高円寺君」
 四ッ谷の言葉を彼は反芻し、咀嚼し、取り込んでみたが、答えは見出せなかった。結局、情報というのは体験してみないと真実というのはわからない。
「ありがとな」
 高円寺は礼を述べ、手元のルービックキューブ型の解錠模型に鍵を差込んだ。