南西の風の吹き渡る、三月初めの日曜日。

新しい大型店の建屋の居並ぶ、商業区画。
その隙間、歪な形の小さな空地ーージグソー・パズルのピースの欠けたあとのように。
その隅の辺りーー彼女、ちょこんと、膝を屈ませて。
側には、小さなシャベル、小さなじょうろ。
そしてーーその手には。
それとはーー一輪、水仙の花?

そのひとを見かけるのはーーたしか、三度目のこと。
一度目は、廃館後の、映画館の駐車場にて。
アスファルトの剥がれたあとにーー白の百合を。
二度目にはーー堤防のある、河川敷にて。
コンクリートのひびの隙間にーーそう、たしか、月見草を。

彼女ーー一心に。
堅く乾いた土を、ちいさなシャベルにて。
ほっそりとした、その背中へと、近づきながら。
『それは』
とーー私。
『それは、きっと、枯れちゃうわよ?』
ーーと。
何と言うか、そうーーいたたまれずに。
だって、こんなに寒い時期に、こんなに日の当たらない場所に。
これではーーきっと。
数日ののちには萎れていたーー白の百合のように。
その日の午後には、すでに枯れかけていた、あの、月見草のように。

ーーと。
彼女ーーくるりと、こちらを。
そのままに。
『ええ、わかります』
とーー花の芯のような瞳で、こちらを見上げながら。
ーーまた。
『でも、それで、良いんです』
などーー薄紅色の花弁のような、その唇から。

『花には、それぞれ、言葉が、ありますね? 』
とーー彼女は。
それとはーー花言葉のこと?
たとえばーー『薔薇は、あなたを、愛します』など?
彼女ーー 尋ねる私へと。
『はい』
とーー。
『でも』
とーー彼女、ほほえみながら。

『あなたの、愛に、感謝します』

『それが、本当の、薔薇の、言葉』
とーー。
彼女は、そう、そのようにーーにっこりと。

百合は、高潔。
月見草は、自由なる心。
とはーー私の知る、それぞれの花言葉。
けれどーー彼女の言うには。
『夢は、継がれる』とは、百合の。
『そして、おだやかなる静けさ』とは、月見草の。
それぞれのーーそう、本当の言葉。
そしてーー彼女は。
『花は、自ら、言葉を、囁くんです』
ーーと。

誰かの想い、残されたままの場へと。
何事かのあと、ゆがんだまま、ひずんだままの場へと。
『私は、そういう場所にだけ、ふさわしい花を植えるんです』
ーーと。
『必要なところへ、そう、必要とされている花を』
とーー彼女は。
浄めのため? 慰めのため?
尋ねるーー私へと。
『還すためです』
とーー彼女は、ほほえんだままに。
『その結果、その花は、枯れてしまいますけれど』
とーー彼女、なお。
『でも、たとえば、あなたが、そのあとに、何かの花を植えたのなら、きっと、それは、綺麗に咲いてくれるはずです』
とーー水仙の花を、やさしげに見詰めながら。

ーーそう言えば。
水仙の、本当の、言葉は?
そう、私は、それをーーまだ。
彼女は、しっとりと、ほほえんだまま。

『やさしさは、きっと、次なるやさしさに、たくされる、です』

ーーと?

ーーえ?
そのままにーー彼女は。
気付いたときにはーー私、ひとりきり?
ちいさなシャベル。
ちいさなじょうろ。
それらだけは、この足下ーーそのままに。

ーー私は。
それらをーーそう、この手に、取り上げて。