(南斗晶)

審判が、カウントを数え始めました。



「1っ!2っ!……」


リング上で、健介君は、仰向けになって倒れたまま、気を失っていました。
私は、健介君の名を叫ぼうと口を開きましたが、ためらいが、頭をよぎり、声を出せませんでした。
健介君は、骨折しています。もし目を覚ましたとしても、そんな状態で戦って、田山に勝てるとは思えません。
ここで応援しても、健介君を苦しめるだけです。
わたしは口を閉じて、うつむきました。


「3っ!4っ!……」


田山は、ロープにもたれて、顔をしかめていました。健介君の打撃による苦痛が、今になって押し寄せてきたみたいです。
とにかくこれで、わたしと健介君の交際は終わりです。父、アトミック南斗は、約束を必ず守らせる男です。


「5っ!6っ!…………」


私は、健介君とのお付き合いを振り返りました。
一緒に学校から帰る時、緊張して、様々な投げ技を仕掛けた私を、健介君は怒りませんでした。
普通なら、訴えられてもおかしくないような暴力を振るった私に、健介君は笑いながらこう言ってくれました。
「南斗さんは何も悪くないよ。避けきれなかった俺が未熟なだけさ」
「でも……」
「気にすることないって。見てなよ。すぐに全ての技を避けられるようになってやるから」
「…………ありがとう」
わたしは顔を赤くしてうつむきました。


こんな人は初めてでした。


今まで、私は、緊張するとプロレス技を出すという悪い癖のせいで、たくさんのひとに怪我を負わせてきました。そのたびに、父は怪我を負わせた相手の両親に土下座をして謝りました。私はそんな父の背中を見ながら育ちました。


私に恋愛は絶対に無理だ。


そう、あきらめていました。寂しいけど、我慢しました。
だから、健介君に交際を申しこまれた時は、本当に、本当に嬉しかったのです。健介君は、わたしが緊張して繰り出すプロレス技に、真正面からしっかりと対応してくれました。


体の芯からプロレスラーである私を、まっすぐな目で見てくれました。
私に殴り飛ばされても、怪我をしても、優しい笑顔を見せ、わたしをなぐさめてくれました。



でも、それも、今日で終わり。