「あ、柳田」
「は、はいい!」
 出口を出て行こうとした柳田を呼び止めると、俺は言った。
「お前は2年生だし、来年もまた甲子園へ行けよ!」
「は、はい! きっと……」
 何を怯えているのか。砂袋を抱えた柳田は走り去っていった。
「ふああああ!」
 俺は部屋の中央にあるベンチに腰を下ろすと。大きく息を吐いた。
 そして、ボヤッとロッカーを眺めていると。先ほどの柳田のロッカーが開いたままになっている事に気がついた。
 ……!
 俺は中を覗き込んで一瞬心臓が飛び出るかと思ったよ。
「な、ななな、何だこれは!」
 ロッカーいっぱいに人の顔のような煙が無数にたちこめていたんだ。それはゴソゴソと蠢いて柳田の荷物の中に出たり入ったりしていたんだ。
 俺は何が起きているのかわからず、ただ黙って座ったまま見つめていた。
後から他の野球部員たちも引き上げてきたけど、例の煙のようなものは他のロッカーにはいなかった。ただ、柳田が再び引き上げて来ると、ロッカーから飛び出した顔つきの煙の群れは彼の持つバット、グローブ、ユニホームへと吸い込まれるようにして消えていった。
「お、おい柳田! お前……何ともないのか?」
「え、い、いえ! 別に僕は何もしてませんけど……」
 柳田は何を勘違いしたのか知らないが、驚いたような怯えたような表情をしていたが、別に身体に何か変化があったようではないので、俺はそれ以上気にするのを止めた。
 ……そして、俺たちの最後の夏は終わった。