テニスの音が続く。
(若林のN)「一度だけ秋の夕暮れ時にテニスコートで柴山を見かけ
たことがあった。それはことのほか美しかったが、タブーな物を
そっと眺めるようにコートの陰に隠れて見つめていた」

テニスの音遠のき消える。
(若林のN)「12月にはいって追い込みに没頭していたある日、
図書館で背後に人の気配を感じた」

(杏子)「ひょっとして、あ、やっぱり若林君?」
(若林)「あ、柴山さん。ひ、久しぶり」

(若林のN)「あのときの慌てようったらなかった。平静を装いつつ
心臓は高鳴り心は動揺していた」

(若林)「あ、とにかく外へ出よう」
本をたたむ音。立ち上がる音。

サッカー部の練習の声が近づく。
(若林)「きょうは?図書館?」
(杏子)「ううん、もういいの。ちょっと調べ物。もう帰るとこ」
(若林)「下宿は?」
(杏子)「桃山南口」
(若林)「桃山南口か。桃山御陵を越えてか。ちょっと歩こうか」
(杏子)「ええ、いいわよ」
サッカー部の声遠のく。