微かなの音を奏でて、差し出されたコーヒーを、僕は受け取った。

「いただきます」

皿から小さなカップを、手に取り、僕は少し苦い香りを鼻で味わいながら、

カップに手をつけた。

「お、おいしい!」

香りとは裏腹に、苦くないコーヒーに感嘆した。甘くはないが…少しビターだ。

コーヒーをいれてくれたマスターは、僕の前で、満足気に頷き、

「宜しければ…おかわりがございますので……。いえ、お代は頂きません。実は、一杯目が、サービスなのですよ」

マスターは、にこりと微笑むと、早くもからになった僕のカップに、おかわりを注いだ。

そして、おもむろに、話出した。


「昔…高校野球の審判をしておりましてね。……いえ、甲子園ではございません。地方の予選の球場ですが…」


マスターの話は、こうだ。

ある決勝で、ホームベース。

滑り込んだ球児。

最終回だった。これが、最後だった。

一点入れば…同点で更に満塁だった。次は、絶好調の四番だった。

滑り込んだのは、ギリギリだった。

これで、甲子園が決まる、

しかし、あまりの砂ぼこりの煙て、グローブが邪魔して、あまり見えなかった。

アウト。

マスターの声が、こだましたとき、

負けた学校の夏は、終わった。



「今も、時々…夢を見ますよ。あの時の夢を…」

注ぎ終わったカップを、僕に差出し、

「本当に…アウトだったのかと…」


僕は、カップの中身を見つめた。

「だからね。審判をやめて、店を開く時に、決めたんですよ……もう間違えないと…」

僕は、カップに手をかけた。

「当店は、お客様の好みに合わせて、コーヒーをいれております。味が、合わなければ…いつでも、入れなおします」

僕はまた一口…啜った。

「だって…今は、お客様が審判なのですから…」

マスターは微笑んだ。