Ⅱ リーシュコード誕生



 物心ついたときからずっと、玲子の夢は食堂のお姉さんだった。



 苦い潮で濡れたウェットスーツとサーフボードに塗り込めるワックスの匂い。



 だけど子供の頃を思い出すとき、その鼻先をよぎるのは、


炊き立てのごはんと味噌汁の匂いではなく、

サーフショップに立ち込めるあの独特の湿った香りだ。



 玲子が小学校に入る前から、母は入退院をくり返していたので、幼い玲子は、

潮騒とサーファーたちのざわめきに包まれて、

サーフショップパンチアウトで過ごすことが多かった。



 もしかして、鉄平の経営するパンチアウトの常連客が、口癖のように、

「腹減った」

「ここで飯が食えたらなぁ」

と繰り返すのを耳にするうちに、幼い玲子の胸にそんな夢が生まれていたのかもしれない。