十歳になる静に


「いいことを教えてやる」


と兄の次郎吉は言った。


「いいこと?」


と聞き返すと


「お母とお父には内緒だ」


と言うので、


「他の兄さんや弟たちは?」

「もちろん内緒だ」


次郎吉はニッと笑った。

静はどうして次郎吉が楽しそうな笑みを浮かべているのか、

そしてそれが何なのか気になって仕方がなかった。

次郎吉は兄弟の中で一番年上である。

静とはひとまわり違う。

十歳のときに木具職人の家に奉公に上がったが、十六の時に家に帰ってきた。

その後、父に言われ鳶職についたようだが、

よく仕事をさぼっている姿を静は目にしていた。

仕事もせず遊んでばかりいる男。

誰の目にもそう映っていたが、

静にはその怠けている次郎吉は偽者に見えていた。

兄はしっかりしている。

静はそう思っていたが、誰も信じてはくれなかった。

次郎吉に


「次郎吉兄さんは、しっかりしてるよね」


と、問いかけると、


「さぁねぇ。俺は怠け者だからなぁ」


と返ってきたときは、静はぷぅと頬を膨らませた。

それでも静は、どの兄弟よりも次郎吉のことを気に入っていた。

その次郎吉が”いいこと“を教えてくれるのだという。


「いつになったら教えてくれるの?」


静が問うと次郎吉は「しぃ」と言って、人差し指を立て、自分の唇に近づけた。


「夜になったらだ。夜になったら、いいものが見れるぞ」


次郎吉に言われ、静はそれが待ち遠しくなった。

夜になり、まだかまだかと待っていた。

両親と兄弟たちはすでに眠ってしまっている。

度々襲ってくる睡魔と闘いながら次郎吉を待っていると、そっと襖の開く音がした。

ぎょっとなって襖を見ると次郎吉が、声を出すなと指で指示してくる。

静はそれに従った。

すると次郎吉は、今度はこっちに来いと手招きをする。

静が次郎吉の側まで来ると


「行くぞ。絶対に声を出すなよ」


と言い、次郎吉は静を担ぎあげた。

そして、


「さて、一仕事するか」


と、まったく音をさせず家を飛び出した。