それは、ほんの些細な出来事。
 あの事件が起きるまでは、“食べる”という行為に何の恥じらいもなかった。出されれば食べるのは当たり前の感覚だったし、好き嫌いがあったわけでもない。
 その日、私はいつものように給食の列にならび、席に戻ってから箸を取り忘れた事に気付いた。配膳台の前はなお混雑し、「あとで取りに行こう」と思ってる間に、いつしか皆は着席し、慌てて取りに行くも、その日に限って置いてある場所がわからなかった。
 昔から感情を表に出すのが苦手で、顔や態度から心の中を見透かされるのを1番に恐れていたせいか、ちょっとした事でも動揺を隠そうとクールな自分を演じる癖がある。ストーローが刺さらず折れた時も、自分は最初から飲む気はなかったとか、後で飲むつもりが時間がなくて飲めなかったんだという振りをして、5年生の時も遠足に割箸を2本持って行き、うち1本を忘れた友人にあげた後で自分の割箸に割れ目がない事に気付き、「食欲がない」とか「箸がどこか行っちゃった」と言って、その箸をカバンの下に隠した。
 そうやって、今回もあからさまに探したり人に聞く事も出来ず、皆が一斉に食べ始める中、1人、内心パニくっていた。幸い、友人が近くの席にいたので「給食室に付いてきて」と手紙に書いて頼んだら、彼女は私の意思に反し、「忍ちゃんの箸がないって!」と大声で口にしてしまったので、皆に動揺を知られたショックは大きく、以来、食事=恥ずかしいと給食の時間に思い出しては、ほとんど手がつけられない状態に陥ってしまった。その影響か、家でもフォークを使うようになる。
 担任はそんな私を過剰に心配し、家庭訪問で祖母の言った一言が事態をさらに悪化させる。
 「大丈夫ですよ。あの子は家に帰ってから丼ぶり2杯もゴハン食べてますから」
 担任は私が毎食“丼ぶり2杯”食べてると誤解したかもしれない。実際、太っているのがコンプレックスだったから、そこで「やっぱりね」と納得されるのだけは嫌だった。
 当時の生活は、朝食抜き&昼は食べれずで、帰宅する頃には空腹とノドの渇きは限界。あっという間に2リットル入りペットボトルを空にし、おやつ代わりに遅い昼食を食べた後、4時間後にまたゴハンを食べて翌日に備えていた。