400億円の大口発注をするのは、せいぜい銀行ぐらいしかいないだろうと目星を付けた課長が、デキ電(ご注文はデキましたよぉの電話)を入れて、発注先の確認は取れた。

でも、一番問題だったのは売り買いが逆だったことだ。

奥田課長が急いで先物ディーラーの元に走って行き、先物でクロスさせ(売買を逆に売買させること)、何とか大事には至らなかった。

そして、相場が閉まった後、私は奥田課長に襟首を掴まれ、客先への謝罪回りに連れ出された。


400億円の発注ミス。

さすがに足が震えた。


「まぁ、良いですよ。結果オーライだった訳やし…。奥田はんには、いつもえろう儲けさせてもろうてるさかい…」

「本当に申し訳ございませんでした」

課長が深々と頭を下げる隣で、私も更に深く頭を下げる。

先方は結果的に儲かったから、いいですよ、気にせんといて下さいと許してくれた。




で、今、課長と訪問先の帰り道。

料亭の個室にいる。

おかみさんが、メニューを持って来て「また後で伺いに参ります」と部屋から出て行く。


メニューを見てぎょっとする。

値段、書いてないんですけど。

それに、私、今、1,358円しかお財布に入ってないんですけど……



はっ!



もしや、これは、課長からのイヤガラセってやつか?

身構えていたところに課長がメニューを置きながら、口を開く。


「俺のおごりだから好きなものを食べなさい」


課長の一言にぱぁぁぁっと心が軽くなる。


でも……

でも……

一体いくらするのか分からないから、安いのを食べようと思っても、どれが安いのかわからないよぉ……

「課長のオススメで、いいです」

小さな声で答える私に「分かった」と課長が答える。

その声もドスが利いていて、マジ、恐い。


はっ。

そうか。

さっきのおかみさんとグルになって私を毒殺するつもりなのね!

トリカブト?それとも青酸カリ?

そう言えば、400億のミスの件で、出掛ける前に課長は私の管理義務を怠ったと部長に怒られてたよね。


一瞬、メニューから顔を上げる課長と目が合い、体がブルッと震える。