「う~ん。いくら顔良し(人気のある債券)とは言え、端債だから、引けの5糸甘は厳しいんじゃないか?」

課長の出した厳しい条件に、相談に乗ってくれた私の右隣に座る先輩トレーダー佐久間さんが唸る。

一生懸命、一緒に考えてくれる佐久間主任は、そんじょそこらの女子より綺麗なもち肌で色白。

課長ほどではないけど背が高く、知的なメガネが素敵だと女子からの人気も高い。

そんな佐久間さんと課長を両隣にして座っているもんだから、女子からチョー羨ましがられるけど、分かってないな~、みんな。

佐久間さんはともかく、鬼だから、課長は。


「とりあえず、片っ端から電話しまくります」

「しかし、どうしたんだろうな、奥田課長。
こんな無理難題、部下イジメ以外の何ものでもないって……」

「部下イジメがどうしたって?」

背後から突然、降って来た奥田課長のドスの利いた声に佐久間さんがシャキンと背筋を伸ばす。

「奥田課長!」

「うちは営利法人で、慈善事業団体じゃないんだ。いつまでも女子大生気分の金食い虫を飼っておく訳にはいかないんだ」




女子大生気分……

金食い虫……

そこまで言わなくたって。

課長の厳しい言葉に、地球の裏側までズドーンと落ち込む。



「今、ディーラーの山根にこの玉をさっきのレートで3日間出してもらえるよう交渉して来た。今日を含めて3日だ。それまでに、必ず客先にハメろ(注:売ること)。いいな?」

「3日って……。奥田課長、そんな条件ムチャクチャです!第一、彼女は新人なんですよ?!」

事情を聴いていた佐久間さんが、課長に食ってかかる。

「この部屋に入れば、新人もベテランもない。客から見れば全員がプロなんだよ」

いつになく凄味の利いた課長の言葉に、さすがに佐久間さんもたじろぐ。

「3日で売れれば、それでよし。そうでなければ……」



そうでなければ……?

課長の顔が一瞬、苦しそうに歪んで見えたような気がしたけど、気のせい……だよね?


「そうでなければ、杉原は他部署にトレードだ」


冷たく言い放つと、課長は私を睨み、さっさと部屋を出て行ってしまったんだ。