けど、なぜか「バカヤロー」は発動されず。

ちょっとほっとしつつも、つい、あの時の煌びやかなパーティーの光景が目に浮かび、反撃に出てしまう。

「課長は、パーティー会場で美女たちに囲まれて、鼻の下を1メートルくらい、ダッラ~ンって伸ばしてたじゃないですか!」

それに、今はこの美女と密かに通話している事実がさらに私をムカムカさせる。

『人間の鼻の下は、そんなには伸びないぞ』

「たとえ話です!!」

『俺は伸ばした覚えはないが』

「伸ばしてましたよーーだ!」

子供の喧嘩モードだ。

でも、売られたケンカをしっかり買っちゃうのが、杉原家の流儀だ。

「権限を無視したから怒ってらっしゃるのでしたら、始末書でも何でも書いて、後でメール添付で送りますから!」

『……そうしろ』

あきれた声の溜息混じりの課長の言葉にブチッと切れる。

課長、見事な応戦です!

もうこうなったら、ボスキャラと久々の徹底抗戦っきゃないです。

覚悟を決め、息を吸い込み、一気にまくし立てる。


「課長だって、私になぁんも言わんかったじゃなかですか!
しかも……しかも、こがな美女と付き合うとったなんて!!」


美女と目が合ってしまう。

その動揺する姿も美しくて、私の方がかえって動揺してしまう。

でもこの動揺っぷり。

BINGO!

もう、確定だ。

『こうちゃん』と甘く囁いていた彼女の声が今も頭の中でこだましてる。

ひどいよ、課長。

こんな風に影でコソコソこの美しい人と密会し合う仲だったなんて。


「私は……私は、本命じゃなかやんね!!」

あ。
ついに言ってしまった。
密かにそう思いつつも、心の奥底で否定したいと思っていたことだったのに。

ひとたび爆発してしまえば、不思議、心がすぅーーっと落ち着いてくる。


『おい。こら、何を言ってる?』

課長、動揺のご様子。

ふっ。

だよね。

惨めだけど、言い当てた私の女の勘は間違ってないってバリバリ確信してる。


「ごまかしたって、ムダです。課長ってばこんなに美しい人と……」

『待て。それは、誤解だ』


うろたえた課長の言葉に、やっぱりそうだったんだと『浮気確定』の烙印が押される。

いや、私とのことがそもそも浮気なのか?

だとしたら、惨め過ぎる。


「課長からの『始末書』はいりませんから!」


捨て台詞をビシィィィっと決め、ケータイをブチッとぶっち切る。

言った!

言ってやったぞ~!!

勝利の感慨に浸ること1秒。

でも、その2秒後には、惨めな敗北感に打ちのめされることに。

興奮冷めやらぬ私の元へ例の美女が申し訳なさそうにおずおずと近づき、お辞儀をしながらボソリと呟く。


「あの……ご挨拶が遅れてごめんなさいね。私、奥田巧の母です」