それから、課長は私をマンションまで送ってくれることに。

ポルシェ911のカレラカブリオレ。

オープンカーなんて乗るの、初めて。

初夏の風が頬に冷たくて気持ち良い。

緩やかなカーブを切りながら、課長が優しく笑う。


「寒くないか?」

「気持ちいいです」

「そうか」

「今度、この車、運転してみてもいいですか?」

「俺は乗らんぞ」

「ひっど!課長の命、私に預けたんじゃないですか?」

「1度はな。だが、2度目はない」


むかっ!

やっぱ、課長はイジワルだ。

むくれている私の隣の席で課長が嬉しそうに笑う。

でも、やがてその笑顔がひき、課長は急に真顔になる。


「由紀、俺は立場上、お前に話すことができないこともある。
今までもそうだったし、恐らくこれからもそうだ」

「……はい」

「だが、不安になったら話し合おう。お前も、自分一人で抱え込まないで俺に話せ。いいな」

「はい」

「OK。では、この話は終わりだ。明日から本格的に忙しくなる。そうだ、榊室長から色々書類を預かっている。明日はそれに目を通しておくように」


榊室長?

ああ!秘書室の澤村専務専属の榊室長ね。

そうだ!

「あの……課長。私、ここに来る前に、澤村専務にお会いしました」

「専務に?」


課長が珍しく驚いている。


「はい」

「……何か、言っていたか?」

「いえ、別に。でも、どことなく、課長に似ていらっしゃる方だなぁと思いました。雰囲気とか、目元とか……」

「そうか……」


課長の目がずぅっと遥か遠くを見ているようで急に不安になる。


「名前も『澤村』っておっしゃってて、あの、もしかして、ご親戚ですか?」

「……ああ。俺の父方の伯父だよ」

「やっぱり!どうりで似ているなぁって思いました」

「俺の本当の親父だからな」



……えっ?!




課長はそれだけ答えると、そのままずっと無言で車を走らせる。

その険しい表情に私は何も言うことが出来ないまま、かける言葉を失っていた。