お通しを箸でつつきながら、佐久間主任が言葉を続ける。

「俺、見たこと無かったもん、それまで。奥田さんが笑うとことか」

「うそ!」

「ホント。しかも絶対超えられない壁みたいのがあってさ」

壁?

課長に??

ピンと来ない。

確かに、いつも怒鳴ってばかりだったけど、鬼なりに笑ったり、優しい眼差しとやらを向けてくれていたような気がする。

それに、最近じゃ、すねたり、嫉妬なんかもしたり、かなり人間になってきたような気がする。

「……君は超えられたようだね」

私のコップにビールを注ぎながら、佐久間主任が意味深に笑う。

「い、いえ!そんなめっそうもございません!あ、ビール、そこまででイイですから!!!」

慌てて、コップの口を持ち上げる。

「酔わせてみたいな」

「え?」

聞えづらい佐久間主任の言葉に、慌てて耳を傾ける。

「ジョーダン。でもさ、君も何気に壁を作るよな。ガードが堅いと言うか」

「そんなこと……」

「あるよ。だから、今まで男の一人も作れなかったんだよ」

断言口調の佐久間主任にむっとする。

「なのに、奥田さんにはそのガードを解いた」

いきなりの核心にさすがにギョッとする。

「もう、隠さなくてもいいだろう?俺はNYに行くんだし、誰にも言うつもりもないんだから」

黙り込む私に佐久間主任が頭を掻く。

「ここまで奥田さんに育ててもらって本当に感謝してるんだ。だけど……」

「佐久間主任?」

「恋愛は、別」

気付けば、佐久間主任の顔がわずか数センチのところまで迫って来て、「君は別」と耳元で囁く。

驚き、思わず耳を押さえ、飛び退く私を指差しながら「ほら、ガードが堅い」と佐久間主任は少年のように笑った。