「愛も夢も希望も、誰かを見捨てたりせず平等にやってくる。しかしいつそれが来るかは分からない。結局はギャンブルと変わらない。来るのを待つだけ、リスクだってある。そんな事ならいっそそんなもの忘れた方がましだ。」


二宮 冬彦(ニノミヤ フユヒコ)こと二宮 秋(ニノミヤ シュウ)のの口癖だ。

その言葉に何度救われたか。

愛、夢、希望と気持ち悪い宗教のようにしつこく訴え続ける先進国、日本で二宮のような暗く、幸せを待たない現実主義者は洗脳された同級生達にいじめられていた。

しかし挫ける事はなかった。彼の父の理論は正しいからだ。同級生の中には信じていた恋人に裏切られた者もいれば、部活等などで夢、希望をことごとく社会に打ち破られた者も少なくは無い。奴らの絶望の表情は二宮には何よりも痛快で笑えるものだった。

個人の尊重も嘘に見える今日の日本社会で生き抜く為にはこの言葉無しでは二宮は自殺でもしていた事だろう。

借金だらけでも、母に逃げられても、父と共に暮らす地獄の毎日を送っても、馬鹿な物に振り回される低俗極まりないクズ共のようになるぐらいならまだましだった。

そんなプライドも持ち、そこそこの充実があった毎日が今日で終わった。

二宮の父が死んだ。