第一章 森でひろった女の子(後編)


 アレクシスが戻ったその夜。
 一晩中、薪の炎は絶やされることなく、燃え続けていた。


「この愚か者が!」
 大気を震わせる怒号は、騎士団長のものだった。
「護衛という任務を忘れ、単身で森に踏みいるなど、軽率にもほどがあるぞ!」
 アレクシスが少女を連れ帰った後、何人かの騎士が目を覚ました。
 こんな物騒な森の傍で、少女が倒れていたとなれば、当然魔女である事や奴隷商や野党にさらわれて逃げてきた子供である可能性を真っ先に考える。
 少なくとも容姿が魔女ではないこと、武器を何一つ所持していないこと、身にまとった衣類が異国の品であること、四肢が貴族の娘並に傷が少ないことを確認して、やっと騎士達は警戒を解いた。
 脳裏に浮かぶのは疑問ばかり。
 この小綺麗な格好の少女は、何者なのか。
 見当すらつかずに看病を続け、迎えた朝のこと。
 身勝手な振る舞いに出たことをアレクシスは散々どやされていた。自分自身でも自殺行為であったことは認めているのだから、反論のしようがない。申し訳御座いません、と頭を垂れ続けるばかりだ。
 そこへ一人の騎士が近づいていた。
 少女は今、アリス姫の命令で手厚い看護を受けている。
「意識を取り戻したそうですが」
「ご苦労」
「それが、その」
「どうした」
 言い淀む騎士。アレクシスを一瞥してから続きを語った。
「言葉が」
「口が、聞けないのか」
 体に障害をもって生まれた者は、残念ながら多くが森へ捨てられ、獣の餌となる事例が多い。厄介払いをされた子供なのかと、騎士団長は暗に問うたが、騎士は首を振った。
「違います。そうではなく、リリシエルや隣国の言葉ですらないのです」
 皆が顔を見合わせた。
「何故分かる」
「王妃様がそのように。先ほどからしきりに何かを訴えていますが、娘の言葉は私も聞いたことがありません」
 実は同行していた王妃は、他に類を見ないほど社交的で博識だった。
 己に許された権力を最大限に行使し、当時の女性達の中で最高峰の教養を身につけていたと言っても過言ではない。彼女はリリシエルのみならず、他国に関する語学的な知識や通俗的な知識にも精通していた。
 その王妃が、近隣諸国の言語ではないと断言した。