リン、と風鈴が鳴る。葉月は冷たい井戸水を張った盥に足をつけ、額を伝う汗を手の甲で払った。空は蒼く深く、白い雲がぷかぷか浮いている。

今年も暑くなりそうだ。既に遠くで鳴き始めた蝉の声を聞きながら、縁側に横になる。じりじりと肌を焼く太陽は意地悪だ。

「また怠けてるのか?」

頭の上から降ってきた声に気付き顔を上げる。彩己だ。当たり前のようにうちに上がり込み、冷えたラムネに喉を上下させている。

「怠けてなんかないわ。」

葉月は体を起こして彩己を軽く睨んだ。彩己は切れ長の目を更に細めて笑んだ。

昔から近所に住んでいたから、葉月は全く気づかなかったのだが、彩己は本当に美しい青年だった。色は女の葉月が羨むほどしろく、細くしなやかな手足は眩しい程だ。

葉月は今年十六、彩己は十八になる。昭和十八年の夏は始まったばかりだ。