明くる日、内藤上総がひょっこりと古性家に顔を出した。
 黙っていれば静音のことを咎めないという担保の引き合いに出された男だが、本人はそんなことは知らない。
 誰かに古性家に言ってみろと言われたのか、にこにこしていた。
(罪がない奴じゃ・・・)
 儀太夫は別に内藤が嫌いではない。
 十数年前に、負けいくさで撤退せねばならない時があった。上総は殿(しんがり)を願い出て、奮戦した。殿とは撤退する時に最後方を守る部隊のことである。追撃してくる敵を食い止めながら後退しなければならない。相当の胆力と武勇が無ければ生きて帰れない。
 その時、足を槍で貫かれてそれ以来、びっこを引く様になった。
 先代からは『びっこ上総』という愛称で呼ばれたがそれはそのときの勲功を忘れないためである。美童好きが困る男だが、古い戦友なのでいつ来ても歓待してやる。

 内藤が儀太夫と茶を飲んでいる時、きょろきょろして言う。
「・・・して、静音殿は如何か?」
 儀太夫は来たかと思い、何喰わぬ顔で答える。
「・・・身体の調子が悪いと伏して居る」
「な・・・何!ひどく悪いのか?」
「心配なら部屋に行ってみろ」
 儀太夫はなるようになれと投げやりに言った。だが、こやつ本気で静音に惚れているらしい。