修理(しゅり)は自分と対峙している若者をぼんやりと見ていた。
 目尻が釣り上がった流線型の瞳には、その怒りの炎が見えるようだ。まだ下ろしていない長い前髪を額と頬に垂らし、汗がそれを伝って道場の磨き抜かれた床に落ちた。
 白く薄い麻の剣道着と股立ちを取った黒袴。すべやかな臑(すね)と形のよい左足先がこちらに向いている。左肩を半身に前に出し、右肩上に木刀が八艘に掲げられている。
 道場内の門弟どもは打太刀を努める師範代と、稽古としては常軌を逸した気迫を発している使太刀の若者を見入っている。
 修理は静音(しずね)がなぜ、かように怒っているのか分かっていた。
 静音は昨日までは修理を兄と慕っていた。

 足軽五人組頭の低い身分の家柄から師範代となった修理を、譜代の家臣達の師弟が蔑むのを憤り、決闘騒ぎまで起こしたほどなのに。
 静音自身は主家の宿将、古性儀太夫義明(ふるしょうぎだゆうよしあき)の三男であった。

 素直で明るく、そしておなごのような面立ちの美しい静音は、誰でも衆道の相手にしたくなる。
 静音が十歳で道場に入門したてのとき、城下で評判の美童が入ると、色気づき始めた男気がある若者は色めき立った。
 心配した父の儀太夫は、昔配下にいた海道新右衛門(かいどうしんえもん)に、静音の送り迎えをその息子にさせてくれないかと頼んだ。新右衛門の息子が修理であった。