そこにいることを願って走って向かったその場所に琴音の姿はなかった。息を切らしながら見渡すと、藤山先生のデスクに大きな花が飾られているのを見つけた。気になって近づいていく俺に、「卒業おめでとう」と背後から先生の声がした。

「うわぁ、びっくりした。はい、ありがとうございます」

 先生は俺の驚いた様子に少し眉間を寄せて、それからふふっと吹き出した。

「あの花、さっき浅倉さんがくれたの。どっちが卒業生なのよってね。あの子らしいけど」

「本当ですね。本当、琴音らしい」

 つい名前を出してしまい慌てて口を噤む。そんな俺を見てもう一度吹き出した先生は、入り口の方を向いて言った。

「きっとまだ近くにいると思うよ」

 その言葉を合図に俺は先生に一瞥してから走り出した。この広いキャンパスの中で君を見つけることはできないかもしれない。それでもいい。明日、今日のことを思い返して笑えれば、それでいい。全力で君を探したと、そう思えればよかった。

 その小さな後ろ姿を見つけたのは、一度だけ一緒に授業を受けた大きな講義室だった。
 近づく俺に全く気づく気配のない彼女は、あの頃と少しも変わらない。でもあの頃よりも強い想いを持っているのは、彼女が俺についた嘘が正義だと信じているからだと思う。

「——俺は好きな人がいるよ」

 振り返った琴音の瞳が俺を捉える。俺はその瞳に吸い込まれるように一歩ずつ彼女に近づいていく。

「そっか。——私もいるよ。ずっと変わらない、今までもこれからもずっと変わらず好きな人がいる。私ね、待ってるんだ。その人が帰ってくるのを待ってるの」

 そう言った琴音の瞳に嘘なんてなかった。俺も、もう嘘はやめた。だから——。

「じゃあ待ってて。必ず行くから、だから待ってて。今度はちゃんと、約束守るからさ」

 そこで俺たちは約束をした。必ず守ると強く誓った俺は、目の前にいる大切な人を抱き寄せた。俺の腕にすっぽりと収まるこの人の元へ必ず戻ると、心に誓う。



 そうやって何度目かの約束を交わして、俺の大学生活は幕を閉じた。