肌寒い年末に俺は浅倉琴音と出会った。

 母親と一緒に初めて浅倉家に挨拶に行ったとき、正直俺は彼女を怖いと思った。見るからに明るそうで元気いっぱいの彼女が自分とは対照的過ぎて、幼かった俺はそれがすごく怖かった。
 だけどそんな琴音と挨拶を交わすと、その気持ちはどこかへ消えていった。小さな声しか出せなかった俺に対して、大きな声で自己紹介をした琴音。その後すぐに深く頭を下げたその行為はなんとなく自分に向けられている気がした。張り合った訳じゃないんだよと、ごめんねと、そう言われている気がした。

 もしかするとこの時にはもう君に惹かれていたのかもしれない。

 それから俺たちはずっと一緒だった。何をするにも、どこに行くにも、いつも二人で過ごした。彼女といる時間だけが俺を俺でいさせてくれた。琴音だけが、こんな俺を許してくれた。こんな俺でもいいと、そう言ってくれている気がした。

 ——琴音だけだった。

 父親は昔から仕事が忙しくほとんど家にはいなかった。そんな俺を一人で一生懸命に育ててくれていた母親はいつも苛立っていた。
 それでも俺は二人が好きだった。いつか父さんみたいに仕事に打ち込む大人になりたかったし、母さんみたいに一生懸命な人間になりたかった。でも、本当はずっと二人に愛されたかっただけだった。

 仕事が忙しい父さんが休みの日には、本当は一緒に外に遊びに行きたかったけど、疲れている父さんを休ませることを選んだ。家事を少しでも手伝って母さんに楽をさせてあげようと思ったけれど、それが却って迷惑になることを恐れて、せめて自分の物だけは自分できちんと片付けた。

 だけどきっと、俺のしてきた選択は全部間違いだった。

 二人は一緒にいるといつも喧嘩をしていた。その度に俺は二人の声が届かないところに逃げて、耳を塞いで、唇を噛んで涙を堪えた。
 だけど本当は幼かった俺でも分かっていた。二人の関係を壊しているのは自分だと、塞いだ耳に入ってくる断片的な言葉の中に自分の名前を探すのは簡単だった。
 大好きな二人が壊れていく。その辛さを耐えるには、当時の俺はまだ幼すぎたんだと思う。

 大切な人を幸せにできない自分が憎らしくて、その存在意義が分からなくなっていく。なぜ俺はここにいるのか、なぜ存在しているのか。

 俺さえいなければ、父さんと母さんはずっと愛し合っていられたかもしれない。きっと俺のしてきた選択が二人を離婚へと導いてしまったのだと思う。
 だから決めた。思い出の詰まったあの土地を離れたら新しい自分になると。今度こそ母さんに楽をさせてあげる。そして、人から愛される人間になると。

 琴音、本当のことを言うよ。あの頃の俺は、こんな自分を一日でも早く捨ててしまいたかったんだ。だからあの日卒業式に出なかった。
 だけど君への気持ちだけは捨てたいと思わなかったよ。だって君だけは唯一、俺を愛してくれていたから。