目的の場所に到着すると、そこにあったのは普通の一軒家だった。何かのお店をやっているようにも見えなかったし、かと言って秘密基地に使われていそうな空き家にも見えない。日本家屋のその家は古いけれど清潔感があって、田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家を想像させた。

「えっと、飯村君のおじいちゃんおばあちゃんの家とか?」

 私がそう尋ねると、「ううん。でも大切な人の家」と彼は微笑みながら言った。それから敷地内に入っていく彼は一度振り返り、

「俺に優しくしてくれた人たちの家だよ」

 そう言うと、私に「おいで」と手招きした。小さな声で「お邪魔します」と言ってその敷居を跨ぐ。

「あら、いらっしゃい。今日は随分と可愛らしいお嬢さんも一緒なのね。匠真の彼女さんかしら?」

 突然耳に入ってきたその声に驚いた私が振り返ると、

「まぁ、後ろ姿だけじゃなくて顔も別嬪さんだわ」

 嬉しそうに笑っているおばあさんが視界に入ってきた。七十歳後半くらいだろうか、家と同じく清潔感のあるその人に私はとりあえず会釈をした。

「もう(ふみ)さん。いるなら声かけてよ」

 玄関まで行っていた彼は私たちの元へ戻ってきて、その女性に言った。状況整理がやっと追いついた私も慌てて挨拶をする。

「あの、浅倉琴音です!えっと、飯村君とは大学の友達で」

「あはは、お友達だったのね。いらっしゃい、遠いところからよく来たね」

「いえ、遠いだなんて全然です!なんか私の地元に似てる気がして、懐かしくなりました。いいところですね」

「本当?それは嬉しいなぁ。琴音ちゃんって言ったかな?地元はどこ?」

「長野です」

 私がそう答えると、彼女の表情が一瞬固まったように見えたが、「長野かぁ。行ったことないなぁ」とすぐにそれまでの彼女に戻った。

「文さん、寒いし早く中に入ろうよ」

 彼の言葉を合図に私たちは家の中に入ることになった。駅に着いたときに彼が見せた表情と、先ほど見た彼女の表情がどこかで繋がっているような気がしたけれど、初めての土地で敏感になっているだけだと、そんなものはすぐに片付けた。