四人で水族館に行く予定となった今日は、九時に近くの駅前集合だった。それに合わせて準備をしていた私の元へ友梨ちゃんから電話があった。

「おはよう。どうかした?」

「おはようございます。琴音さん、本当にごめんなさい。実は宮部先輩風邪引いちゃったらしくて……。なので、私も今日はキャンセルします。こっちから誘ったのに本当にすみません」

「そうなんだ。全然気にしなくて良いよ!それより宮部君は大丈夫なの?」

「うーん、まだ熱が引かないみたいす。今日ご両親も仕事でいないらしくて、心配なので私もこれから行こうと思ってて」

 慌ただしく準備をしながら話していることが電話越しにも伝わってくる。バタバタとした物音が彼女の声を時々かき消した。

「あ、琴音さんは飯村さんとのデート楽しんでくださいね!」

「えっ」と私が戸惑いの声を漏らすと、「じゃあまた連絡します」と彼女は勢いよく電話を切った。通話を終えると嵐が過ぎ去った後のように部屋の中が静まり返っていた。無音な空気では私の情緒が保たれそうにないので、なんとなくテレビをつけ、飯村君に連絡しようとスマホと向き合った。

 彼とのメッセージ画面を開き、何度も文章を打ち直す。友梨ちゃんの言っていたように今日は二人で出かけるべきだろうか。彼はどう言うだろう。なかなか内容が決まらない私の眉間に皺が寄り始めたときに、右手の中にあるスマホが震えた。驚きで思わず落としそうになったのを寸前でキャッチして画面を見ると、飯村匠真の四文字がこれでもかというくらいに主張されているように感じた。意を決した私はなぜかベッドの上に正座をして、一度大きく深呼吸をしてから「もしもし」と喉に力を入れる。

「あ、浅倉さん?おはよう」

 電話だと少しだけ低く聞こえるその声は、朝だからかほんの少し掠れ気味に私の耳に届いた。

「うん、おはよう。宮部君のこと、聞いた?」

 緊張で声が震えているのが自分でも分かった。軽く咳払いをして誤魔化してみたけれど、それが彼にどう伝わったのかなんて知りようがない。なんとかこの場をやり切ろうと背筋を伸ばして心を落ち着かせる。だけどそう思うと余計に緊張して悪循環だった。

「うん、聞いた。それでさ、浅倉さんどこか行きたい所ある?」

「——へっ?」

 突然の予期せぬ問いに自然と変な声が出た。行きたい所なんて、そんな答えはもちろん用意していない。答えを探そうと頭をフル回転させていると、スマホを当てている右耳から「ふっ」と小さな笑い声が聞こえた。

「ごめんね、朝から頭使わせて」

 冗談まじりに笑いながらそう言った彼の顔が頭に浮かぶ。きっととても優しい笑顔で笑っているのだろう。それを想像するときゅっと心臓のあたりが縮むような感覚がした。

「宮部から水族館に行きたいのは牧野さんだって聞いてたからさ。せっかくなら今日は浅倉さんが行きたい所に行けたらいいなと思ったんだけど」

「きょ、今日、出かけるの?!」

 思わずそう言ってしまってから、自分の犯したミスに気づいた。これではまるで私が二人では出かけたくないみたいだ。慌てて訂正しようと試みたが、右耳が先に働いた。

「俺は出かけたいよ、浅倉さんと二人で」

 何の躊躇もなく、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくる彼に、毎度のことながら矢で打たれたかのように心臓が高鳴る。私が「あ、うん。出かけよう」と控えめに言うと、彼も聞こえるか聞こえないかくらいの声で「よかった」と口にした。