「宮部先輩と付き合うことになりました!」

 そんな素敵な報告を受けたのは、あの合コンからちょうど二週間が経った土曜日の夕方だった。
 朝からずっとニヤニヤが止まらなかった彼女のことだから、勤務時間を終えた今、それを発信できてさぞ嬉しかったのだろう。ニヤニヤは花が咲いたような満面の笑みへと形を変えた。

「良かったね!本当におめでとう。詳しく聞きましょうか?」

 わざとらしく首を傾げながらそう問いかけると、彼女は「今日は私が奢ります」と鞄から財布を取り出した。
 カフェオレを二つ持って事務所に戻ってきた彼女は、鼻歌を歌いながら私の前に座った。隠しきれない幸せは、「ふふふ」という声になって口からこぼれ出ている。これが彼女の《《頑張った》》成果だと思うと、応援できたことを誇りに思う。

「随分幸せそうだけど、何から話してくれるの?」

「えー、本当に全部聞いてくれるんですかぁ?」

 どうやら今日は口角が下がらないらしい彼女を見ていると、こっちまでにやけてしまう。私は彼女よりにやけてしまわないように口元を意識しながら、「もちろん」と返事をした。

「あのですね、これは本当に驚いたんですけど、先輩って中学の時私のこと好きだったみたいなんです。だけどほら、部員とマネージャーですし、先輩と後輩ですし、周りに迷惑かけちゃったりとか、部活やりにくくなる気がして、その時は自分の気持ちを隠してたって」

「え、そんなことってあるんだ。運命みたいで素敵じゃない?」

「へへ、今思えばそうですよね。でも当時の私はそんなこともちろん知りませんから、全然脈なしだって思ってましたし」

 照れながら当時のことを思い出している彼女は、ほんの少しだけ暗い表情を作った。

「そっか。——友梨ちゃんは告白しようとは思わなかったの?」

 二週間前に彼女から気持ちを伝えられなかったと聞いていたが、私とは正反対の性格の彼女がどうして気持ちを伝えなかったのかが気になった。彼女なら簡単にできてしまいそうだと、勝手ながら思ってしまう。

「勇気が、なかったから」

 彼女らしくない、自信のなさそうな小さな声だった。その言葉に秘められた彼女の想いが私には伝わった気がする。彼女はきっと、怖かったんだ。部員とマネージャー、先輩と後輩、この関係性すらも失ってしまうかもしれないという不安に勝てなかったんだ。

「私ね、こんな性格ですけど、実はすごく臆病なんです。ほんのちょっとの勇気すら、当時の私は持ってなかったんです」

「皆、同じだと思う。臆病になるのも、勇気が出ないのも、きっとそれだけその人のことが好きってことだと思うよ」

 自分のことだとは言わずに、あたかも世間一般の意見かのように言ったのは、自分の中にある秘めた感情が動き出すのが怖かったから。それで傷つくのが嫌だったから。彼女と同じで、私もとても臆病だから。
 すぐに反応しない彼女の方を見ると、私の顔を見て彼女は笑っていた。それはいつものような溌剌とした笑顔ではなく、優しく微笑みかけるような笑顔だった。

「先輩もきっと、そうだったんだと思います」

「宮部君?」

「はい。——琴音さん、第二ボタンの予約って知ってますか?」

「第二ボタン——」

 その言葉を口にして私の中にあった遠い記憶が脳裏に一気に再生された。