翌日、家から出ても良はいなかった。
多分護衛という送り迎えは、学校の行き来だけなのだろう。


憂鬱な気分で電車にのりこみ、いつものように風景を見ながら電車を乗り過ごす。繁華街がある駅は土曜日のせいか、この前よりも人が多かった。



古びた倉庫には何人かの人がいた。

やっぱりどう見てもガラが悪く、近寄りたくない人たちで。



「あ」


私が倉庫へと近づいていることに気づいたのは、その中にいる金髪の男だった。忘れるわけがない。この金髪の人が私をここに連れてきた張本人なのだから。

「え、あれ、なんで?」

驚いた顔をする金髪の男は、そんな事を言って。


なんで?
何をそんなに驚いているんだろう。
呼び出したのはそっちなのに。
あなたの上の人間の、晃貴なのに。


「なんだ?」
「は?アレ、山本の女の···」
「なんでいる?」


まさか晃貴、私が来ることをこの人たちに言ってない?


「おい、どうなってんだよ」

その時、金髪の男が私に近づいてきた。


どうなってんだよ?
それ、あたしの台詞だからっ。


「···たから」

「あ?」

「晃貴に呼ばれたから!!」

「晃貴ってお前、呼び捨て···」

「私が来たって言ってきてよ!!」

「はあ?まじどうなって···」

「俺、言ってくるわ」


倉庫の入口で、立ったままの私は、下を向くことしか出来なくて。
どうなってんだよと、目の前でブツブツ言っている金髪。他の男たちも、訳の分からないという雰囲気を出していて。



それから1分もたたないうちに、

「よお、流石だな、時間ぴったり」


ニコニコと笑う、黒髪の···所々に金のメッシュが入った晃貴が現れた。


晃貴の腕が私の肩にまわり、引き寄せられる私は抵抗できなくてされるがままで。


「晃貴さん、あの、どうなって···?」

その光景を見た金髪の男が、口を開く。


「やり方を変えただけだ。これからこいつが来たら部屋に通せ」

「あ、はい···」

「あの、徹さんはこの事を?」

「知らねぇよ。気にするな、真希ちゃんはイヤイヤ来てるわけじゃないしな」


イヤイヤ来てるわけじゃない?
何言って···
晃貴が脅してここへこさせたのに?

そう思って晃貴を見ると、「なんだよ」と、悪魔のように最低な顔をして笑っているから。


私は何でもないと、
小さく首を横にふることしか出来なくて。


その様子に満足したのか晃貴は、慣れた様子でぐっと私を自分の方へと近づけた。あんなにも昨日酷い抱き方をしたというのに、平然としているこの男は···、


「来いよ、真希」


たまに私を呼び捨てにする。


「徹が来たら来るように言ってくれ」

「はい」



晃貴はそう言うと、私の肩をだき、
私の裸の写真を撮った部屋へと歩き出した。


入りたくもない部屋。


私の体が震えているのを分かっているはずなのに、戸惑うことなく私を部屋に連れてきた晃貴は肩を抱きながら私をソファに座らせた。


このソファで、写真を撮られて···。

「んな震えんじゃねぇよ」

晃貴は腕を離すと、机の上に置いていた雑誌へと手を伸ばした。

近すぎる距離で、足を組みながら雑誌を読む晃貴。

得なにをすることもなく、
晃貴はそのまま雑誌を読み続ける。


「あの」

「んー?」


晃貴は私を見ずに、雑誌の方へと目を向けていて。


「どうして呼ばれたんですか?」

「さあ?」

さあって···。
用事もないのに、呼ばれたの?


「何も無いなら、帰して···」

「無理」


無理って···。


「あなたって、分からない」

「あ?」

「顔は爽やかで、···かっこいいのに、本当に性格は悪魔だから···」

「俺悪魔?そんなふうに思われてたわけ?」


自分じゃ気づかないのだろうか。
裸の写真を撮って
脅して
無理矢理抱いてきた晃貴が天使だと?


ケラケラと笑う晃貴は、スッと、私の方を見た。



「外見と中身は違うってか?」


雑誌を閉じ、ソファのはしにソレを置いた晃貴は、私の方へと手を伸ばしてきて。私の髪にふれた。


その髪の1束をとり、遊ぶ晃貴。

「真希ちゃん、人を見かけで判断するから、こんな目に合うんじゃねぇの?」


人を見かけで?
首を傾げる私に、晃貴は馬鹿にするように笑った。


「意味分かんない···」

「山本は優しそうだろ」

「え?」

「高島はいつも不機嫌だから喋りたくねぇだろ。本当は向こう、喋るの大好きかもしんねぇのに」

「···良?」

「矢島は?」

やじま?誰?

「不良だから、怖いってか?」


「何言ってるの···」

「俺は?爽やかだから?」

「···晃貴?」

「カッコイイからなんだよ」

「······」

「こいつは私を犯さないとでも思ってたのか?つーか、思ってたから昨日来たんだろ」

「······」

「爽やかでカッコイイ俺が、無理矢理するはずないもんな?」

「···やめてよ」

「真希ちゃんの嫌がる顔、どっちかっていうと痛そうな顔だな、あれ気に入るぐらい俺性格歪んでるし」

「···もう、やめてよっ」

「次は血が出ねぇといいな」

「ほんと、やめて!」


「やめて欲しかったら、2度とソレ言うな」


晃貴は冷たい声でそう言うと、再び雑誌を手にした。

ソレ?
爽やかって言ったこと?
カッコイイって言ったこと?
それとも悪魔って言ったこと?


「お前って姉ちゃんと似てねぇな」

ふと、思い出したかのように呟く晃貴。


「···え?」


どうして急にお姉ちゃんの話に···。

「むこう、美人だしな」

「うるさい···、知ってるよ、私は可愛くないから···」

「誰もそんな事言ってねぇだろ」


そういう風に聞こえる。


「痛がってる顔、結構好きだけど?」

なにそれ···。
ほんとうに最低···。

人を見かけで判断するとか···
血が出ねぇといいなとか···
お姉ちゃんに似てないとか···


馬鹿にされてるとしか思えない。



「最低···」

「それさあ」

「は···?」

なにが?

もう私を見ていない晃貴にそう言おうとした時だった。


「晃貴!!?」


突然扉が開き、大きな声が部屋に響いた。


入ってきたのは銀髪。
怖くて怖すぎる顔の、徹。

徹は私の姿をとらえた瞬間、「来んなって言っただろ!!」と、大きな声を怒鳴り声をあげた。

怖すぎる徹が怒鳴り声を出したため、驚いたのか恐怖感からか私の体はビクッと震えた。



「座れよ、徹」

「お前ふざけんなよ、どうなってる」

「この女が揉み消したんだよ、責任取らせんのは当たり前だろ」


揉み消した?
それって写真のこと?


「この子が?いやでも、···まさかまた同じことすんのに拉致ってきたのか」


「ちげぇよ、真希ちゃんから来たんだよ。な?」

な?って···。
確かに私から来た。
拉致られたわけでない。


「お前···、脅したんじゃねぇだろうな」

「分かってんなら聞くなよ」


晃貴は雑誌を机の上に置き、そのまま煙草へと手を伸ばし火をつけた。



「···どうするんだよ···」

徹はゲンナリとした表情で、向かいのソファへと腰をおろした。まるで分かっていたかのような。


「山本が気づくまでな、その顔が見てぇんだよ」

「だからって女を···」

「後戻りできるかよ」

「······」

「もう真希ちゃん、俺のだしな」



俺の···。

その言葉の意味は重すぎる。
写真がある限り、私は晃貴に逆らえないのだから。




「あんまりあいつらを困らすな。訳のわかんねぇ顔してたぞ」

「そうだな」


きっとあいつらとは、外にいた金髪たちの事だろう。

「そうだな」と言った晃貴は、どうでも良さそうな返事をして、それを感じ取った徹は大きなため息をついた。




「後で詳しく聞く」


徹はそう言うと、ソファから立ち上がり部屋を出ていった。怖すぎる外見の、徹。



「心配症だな···」

ぽつりと呟いた晃貴。

心配症?
徹が?
あんなにも怖い外見なのに···。



初めて会ったときもそうだった。
怖いのに唯一まともに話せる人だった。

話すことがなかったら、怖い外見で近寄りたくないと思う人種。
そんな彼は心配症らしい。
あの人だけが、私を巻き込むことをよく思ってない人。

だけど晃貴には逆らえない···。

本当に外見と中身が違う人。



「あいつ、怖いだろ?」

「え?」

「徹だよ、さっきのやつ」


「はい···」

怖くないって言ったら、嘘になるし。



「ああ見えて、優しいんだよ」

「······」

「子供大好きだしな」


それは見たことがないから分からないけど、優しいというのはわかる気がする。だって私を巻き込むことをしたくない唯一の人だから···。


「···晃貴は」

「んー?」

「徹···さんのこと。好きなんですね」

「そうだな」


晃貴は前かがみになり、机の上の置いていた灰皿へと煙草を運びそこで消した。


「徹だけじゃねぇ」


晃貴はそう言うと、スッと私の方を見た。

徹だけじゃない?


「ここのやつら、みんなそうだ」


ゆっくりと伸びてくる晃貴の手は、私の後頭部をとらえて。


「信用してるしな」


引き寄せられる頭。


「山本側のお前の事は、信用しないけど」


山本側······。
聖くん側······。


聖くんの彼女のお姉ちゃんの妹である私は、ここでは信用できない聖くん側の人間。


至近距離で言われ、そのまま塞がれた唇。
煙草を吸っていたためか、凄く煙草の味がする。



信用されていない私は、きっとここに本当の居場所はないのだろう。

晃貴には沢山いる。
外にいる人たちみんなそう。


聖くん側の私は、聖くんの所に私の居場所があるのだろうか。

どう考えても、あるとは思えない。
聖くんが私を信用してくれているのかさえ分からない。


だって、お姉ちゃんの妹なだけなのに···。


妹だけという理由でこれだけ巻き込まれている私の居場所はどこ?



聖くんがいるところ?
学校?
それとも、家?

私の存在場所はどこ?


信用していないのに、
どうしてキスをしてくるんだろう。
悪魔の考えは全く分からない。



息苦しくなり、晃貴の服を掴むと、ようやく離れてくれて。


「その顔もいいな」


変なことを言い出す晃貴。

その顔?
息苦しそうな顔ってこと?

そう言えば痛がってる顔がいいって言ってたような···



なんて事を考えてるんだろうと、晃貴を見つめる。
そんな晃貴は王子様な爽やかな表情で小さく笑った。



「黙って偉いじゃん」


うるさい女は嫌いという晃貴。
昨日犯された時、うるさくしたらばら撒くと言われた。

好きで静かにしてるわけじゃない。


「可愛い、真希ちゃん」


おもってもないくせに。
そんなことを思いながら、ふってくるキスを受け止めた。慣れないキスは、私の心を息苦しくするだけだった。


「お前って門限あんの?」

そう言われたのは、ここへ来て約4時間ほどたった時だった。もう窓から見てる外はもう太陽が沈みかけている。


「···7時ぐらい」

「ふーん、じゃあそろそろ行くか」


晃貴は携帯で時間を確認し、私の肩を抱いて立ち上がった。

なに?
どこ行くの?

急いで自分の鞄を持ち直し、歩き出す晃貴に少し戸惑う。


「ど、どこに···」

「家」


当たり前のように言う晃貴は、扉のノブをガチャりと回した。外には何人もの不良らしい男たちがいて。


っていうか、家って···。
晃貴に言われて思い出すのは、あの光景。


写真を使って脅し、痛がる私を無理矢理抱いた···。前戯もなかったそれの後は、生理の時のような血が出て···。


まさか、また···?


「や、やだ···、帰る」

「はあ?帰すわけねぇだろ」

「だって昨日···」

昨日したのに?
あんなにも嫌な思いをして我慢したのに···?


この男はもう一回、私を抱こうとしてるの?



「アレで終わりなわけねぇだろ」


恐怖で青白くなる私の顔を見て、晃貴は笑った。



「お前の痛がる顔クセになりそう」


恐ろしい事をこうも簡単に言ってくる晃貴。

写真のことがある以上、晃貴に歯向かう事はできない。


上の人間の晃貴。

私は晃貴にとって、下の方にいる人間なのだろう。



晃貴の部屋についた頃には、もう太陽は夕日に変わっていた。