ガタンガタンと、電車がゆれる。

電車から見える風景をぼーっとしながら、ただ1点を見つめた。何事も無かったような電車内。いつもと変わらない電車内。


さっきの事が夢のような錯覚を起こしてしまうほど、普通な光景で。ただ私のではないシャツを見てしまうと、さっきのは現実なんだと思い知らせる。



改札を出て、いつものように家に向こうとした。



けれども行けなかったのは、


「ちょっと待って!!」


誰かが私の肩を掴んだからで。


思わずビクッと揺れる体。

それもそうだ、さっきのさっき。

ついさっき、服を脱がされそうになって…、写真を撮られて。



「君、真希ちゃん?違う?」

振り向いた先にいたのは、茶髪にパーマをかけた男の人だった。
西高の制服をきた男の人で。


なに、
ほんとなに?

今日は厄日なの?


「だ、誰ですかっ」

「あーごめん、怖がらないで。人探してるんだよ、君、真希ちゃんって子?」


真希は私。
でも、こんな人知らない。

不良ばかりいる西高なんかに、知り合いなんていない。


知り合いなんて······、あ、一人だけいる。



聖くん···。
お姉ちゃんの彼氏の聖くん···。

そう言えばさっき、徹が私を「山本が必死になって探してる」って言ってたような···。


まさか、ほんとに?

私を探してるの?


でも、この人は私の顔を知らない。
だから私を「真希ちゃん?」って聞く。


「聞いてんのか?」


急いでいるのか、少し息が荒い彼。


私の裸を見たらしい聖くんの知り合い···。
私を探してる1人。
けど、顔は知らない。

あの写真が送られているはずなのに?
もしかして聖くん以外見ていないのだろうか···。



「···そうです」

「えっ、マジで真希ちゃん!?」

「はあ」

「唯ちゃんの妹の、真希ちゃん!?」


お姉ちゃんの妹···。


「···はい」

男は、驚いた顔をした後、「ちょっと待ってて」と、ポケットから電話を取り出した。


待っててってここで?
改札の近くだし、人が行き来するのに。



携帯を耳に当てた男は、
どこかに電話をしている様子で。



「···もしもし、聖か、見つかった。···ああ、マジ···え?」


その時、男は私の体をみた。
顔ではなく、首から下の方を。


「いや、そんな外傷は···。ああ、とりあえず事務所連れて行こうか?。ああ、うん、分かった」


男は耳から携帯を外し、それを私に差し出してきた。


差し出してくる意味がわからず、首を傾げると、「聖が変わってくれって」と、茶髪パーマの男が言った。


聖くん···?
電話の相手は聖くんなの?


『もしもし。真希ちゃん?』

聞こえた声は、穏やかで優しい。
どう聞いても、聖くんの声に間違えなくて。



「···はい」

『誰かわかる?』

「聖くんですよね」

『うんそう、···真希ちゃん、怖いだろうけど、今から事務所に来てくれないかな』

事務所?。
事務所ってなに···。

怖いだろうって何。


『唯もいるから』


お姉ちゃん?
聖くんのそばに、お姉ちゃんがいるの?


『そこにいる男、俺の友達の昴(すばる)って言って、悪いことしねぇから』


まさか···
お姉ちゃん、写真を見たってことは無いよね?


「ど、どうしてですか」

『真希ちゃん』

「意味が分からないですっ、行きません」


だめなのに。
自慢のお姉ちゃんに心配かけることも、
迷惑をかけることをしてはいけないのに。


いつまでも、中途半端な私は···。



『写真が送られてきた』

聖くん言葉に、ドクンと胸が鳴った。


『その写真、どう見ても、真希ちゃんなんだよ』

裸で、嫌がっている私の···。


『俺しか見てない』

お姉ちゃんは見てない?


『事務所が嫌なら、他のところにしよう』

お姉ちゃんは?
お姉ちゃんもいるんでしょ?


『真希ちゃん?』

「あ、あの」

『うん?』



「よく、分かりません···」

『え?』

「写真って、何のことですか」


そうだよ、どうして今頃思いつくんだろう。
私がエサになったとお姉ちゃんが知ったら、優しいお姉ちゃんが悲しむ。迷惑がかかる。心配してくる。

お姉ちゃんの貴重な時間を、私なんかのために。




『真希ちゃん』

「聖くん。これってドッキリですか」

『いや、あのさ』

「携帯、お友達にお返しします」

『真希ちゃん!!』


私は携帯をはなし、押し付けるように携帯を昴という男に返した。


「では。もう行きますね」

「え?ちょっと待って!!」


内緒にしなくちゃ。
内緒にしなくちゃいけない。


正直、晃貴や徹。
聖くんのやり合いのはどうでもいい。

エサにしてきた晃貴と徹、っていうかあの倉庫にいた人たちは全員もう会いたくないけど。

争いが起こる理由になった火種は、晃貴が私の写真を聖くんに送り付けたから。


その事を、お姉ちゃんにバレてしまうってなったら、話は別だ。


男達はどうでもいい。
その前に考えてしまうのはお姉ちゃんで。



こんなの、知られちゃいけない。


「真希ちゃんっ、待って」

「ほんと、なんですかっ」

「···送るから、家まで」

家まで?
どうして?



「いいですっ」

「ちょっ、なんで走るんだよ!!」



どうして今日参考書なんて買いに行ったんだろう。
繁華街なんて行かなければ、あの男達に会うことも無かった。


私を見つけた金髪の男。

怖すぎる外見の徹。

爽やか、太陽のように笑うのに、上に立つ人間で私の裸の写真を撮った人。



そんな人たちが聖くん達とやり合いたいと言っている。


聖くんの彼女のお姉ちゃん。

考えればわかることなのに。

お姉ちゃんが知ってしまうことも、

今考えれば簡単にわかることなのに。


優しいお姉ちゃんなら、絶対に私を心配する。

心配して心配して、勉強が出来なくなっちゃうかもしれない。学力が落ちちゃうかもしれない。

私のせいで、自慢のお姉ちゃんをわずらせてはいけない。



何でも完璧なお姉ちゃん

いつも中途半端で落ちこぼれの私が、お姉ちゃんを巻き込んではいけないから。




今日あったことは、無かったことにしなくちゃいけない。


────コンコンと、自室の扉のノックの音が聞こえた。

時刻は夜の7時半、もしかしたら、お母さんが夕飯の支度が出来たから呼びに来たのかもしれない。


「はい」と返事をしようとした時、「真希ちゃん、俺だけど」という声が扉の向こう側から聞こえた。


その声はどう聞いても、聖くんで。

まさか、わざわざ家に来たの?
私が逃げたから?


「真希、開けるね」


だけど、すぐにお姉ちゃんの声が聞こえた。

ああ、なんだ。
お姉ちゃんを家まで送ってくれたついでに、私の部屋に来たの?


そんな事を思いながら、「うん」と返事をする私がいた。


「いきなりごめんね」

困ったように笑う聖くん。

「真希?あのね、聖が話あるみたいなの」

知ってるよ。
写真の話でしょ?


「···なに?」

「唯、ちょっと二人で話したいから、部屋行ってて」

「え、でも」

「すぐ済むから」

「···分かった···」


どうやら聖くんは私と2人きりで話がしたいようで、お姉ちゃんには部屋へ行くように言って···。


私の部屋に入ってきた聖くんは、パタリと扉を閉めた。


相手が聖くんだというのに、部屋の中に男女が2人きりというのがさっきの晃貴を思い出し、少し手が震えた。

聖くんにバレないよう、必死に手をおさえて。


「どうしたんですか?珍しいですね」

うまく笑えてるだろうか。


「真希ちゃん、今日どこ行ってた?」


そう言う聖くんは見たこともないぐらい真剣な顔をして。

どこ?
繁華街の裏にある、古びた倉庫だよ。


「友達のところに···」

「友達って?」

「学校の友達です。もうすぐテストがあって···、一緒に勉強してて」

「······」

「あの、本当にどうしたんですか?さっきの電話といい、聖くんおかしいですよ」


「穂高っていうやつから、画像が送られてきた」


ほだか?
それって、晃貴の名字だろうか。
送ったのは晃貴のはずだから。


「それ、一瞬見ただけだけど、どう見ても、真希ちゃんだったんだよ」

「···一瞬?」

「ああ、すぐ消したから」


消した?
ということはお姉ちゃんには見られてない?


「どういう写真ですか?」

「······」


聖くんにしては、とても怖い顔をしていて。
いつも穏やかな聖くんが、こんな表情が出来るんだって不思議に思った。


「まさか、盗撮とかですか?」

「···いや、真希ちゃん、本当に何も知らない?」


「えっと···、ほんと、なんの話か···」

「穂高ってやつも知らない?穂高晃貴」


やっぱり。
晃貴のことだったんだ。


「···はい」

「······」

「あの、聖くん?」

「さっき、真希ちゃんの脱がされそうになってる写真が送られてきた」

「え··!?」


驚いた表情を出来ているだろうか。
それを見て、聖くんは考えるように顔を顰めて、

「んなら、あれは合成か···」

ポツリと呟く聖くん。


「あのっ、どういうことですかっ!」

私は聖くんのそばにより、聖くんの服を掴んだ。



「···何でもない。無事なら良かった···」

「無事って···」

「俺のこと、よく思ってない奴らがいるんだよ」

「え?」

「そいつらが、真希ちゃんを襲ったと思ったんだ」

「······」

「でも、あの写真はただの挑発だったらしい···」

「······」

「今日はごめんな、変なことばっかして」

「···いえ」


「あの、よく分からないですけど、私その人に何もされてないですよ。ましてや裸の写真とか···撮られた覚えはないです」

「うん」

「ほんとに、私···」

「分かった。ありがとう。話、それだけなんだ、ごめんね時間とらせて」

「···いえ」

「真希ちゃん、これから何かおかしな事とかあったら教えてくれる?」

「え?」

「ちょっとした異変とか···。今回の画像で黙ってるやつらじゃないから」

「またしてくるかもって事ですか?」

「そう。可能性はゼロじゃないから」

「······」

「真希ちゃん?」


「···いえ···」


またしてくるかも?
晃貴たちが?


そうだ、今回の事を隠しても、いずれは喧嘩が起こるかもしれない。

また次の火種みつける彼ら。


また、拉致られるかもしれないんだ。

今度は画像だけじゃないかもしれない。



「あの、聖くん」


部屋を出ていこうとした聖くんを呼び止めた。
入ってきた時の真剣な表情と変わって、穏やかに笑う聖くんは「うん?」と首を傾げた。


「お姉ちゃん···心配するから言わないでください。お姉ちゃん、優しいから···、こんな事になったのは自分のせいだって思うから···。その、合成写真が送られてきたっても···」


「うん、分かってるよ。唯は出来るだけ巻き込みたくないから。画像のことも言ってない」


言ってない?
言ってないの?


本当に?


「護衛···、強めるか···」


ポツリと呟いた聖くん。

それを境に、「またね」と聖くんは出ていった。



これからどうしよう。
今日はうまくごまかせたけど、もし、また拉致られでもしたら今度は本当に誤魔化せないかもしれない。


お姉ちゃんを巻き込みたくないといった聖くん。

でも、そんなの分からない。

いつ、どこでバレるか分からない。



────世間は、狭いのだから。





「夕飯出来たわよ〜、聖くんも良かったら食べて行って?」

「お母さん、今日忙しいみたい」

「あら、そうなの、残念ね。今日は焼肉だったのに。お父さんも楽しみにしてたけど、仕方ないわね」

「すみません本当に···、またお呼ばれします」




早々と帰っていく聖くん。


何でも完璧なお姉ちゃん。
そして完璧であろう彼氏の聖くん。

そんな聖くんを、お母さんもお父さんも気に入っている。






そんな私は、お姉ちゃんから見て、
自慢の妹でいなくちゃいけない···。


いい子でいなくちゃいけないから。