「奏多です」
「芽衣です」
男性が注文したコピが運ばれてきて、一口飲んだところで自己紹介。

昨夜のスーツ姿とは違い、細身のパンツにTシャツと薄手のジャケットを着た男性。髪も降ろされていてメガネもなしで、さわやかなイケメン風に変身して現れた。

「もしよかったら、今日一日シンガポール観光に付き合ってくれませんか?」
「え?」

昨日の雰囲気からして旅行客には見えない奏多さんが、なぜシンガポール観光なんて?と、不思議に思えた。

「実はシンガポールに来て一年になるんだけれど、仕事が忙しくてほとんど観光できていないんだ」
「へえー」

でも住んでいればいつでもチャンスはある訳で、なぜ今?それが一番の疑問。
もしかして、時間を稼いでその間に勢いで関係を持ってしまった女の素性を確かめたいとでも思っているんだろうか?

「それに今月いっぱいで帰国することになって、もう時間がないんだ」
「なるほど」

シンガポールを離れる前にってことか。
でも、

「それなら、彼女とか、お友達とか、誘う方は他にいるんじゃありませんか?」
わざわざ偶然知り合った女なんかを誘わなくても。

「あなただからお願いするんです」
「それは・・・」
どういう意味ですかと、顔を見た。

「芽衣さんは観光客だよね?」
「ええ」
「俺も、普通に観光したいんだ」
「普通にですか?」
「うん。誰でもが行くようなベタな観光地を回って、シンガポールを満喫したい」
「はあ」

なんだかわかったようなわからないような。
ただ奏多さんに誘ってもらったのは嫌な気分ではなくて、私は「わかりました」と頷いた。