「男の立場からしたら仕事辞めちゃうかも」

「…まじか」


駅からほど近い、たまに行く居酒屋のカウンター席に私と相楽。
彼は二杯目のビールを半分ほど据え置いた状態で頭を抱えるように「だってそうだろ」とわなわなと震えた。

「あいつの話から察するにほぼ大原と付き合ってるつもりでいたわけで、つまりは大原からも好意を抱かれていると思っていたってことになるでしょ?たぶんそこそこ自信もあってのあの指輪…人生賭けてるし、念も込めてるよ、あのダイヤに。そんな相手にそもそも付き合ってなかった、好きだけど恋愛の好きじゃないなんて言われたら…」

俺なら無理、と明確に嘆いた。


「いくらしたんだろう…」

あの…水色の箱に入った指輪。
残像が頭から離れない。

私の何気ないつぶやきに、相楽は即座にスマホの画面に指を滑らせた。

「やめてやめて!怖い〜」

検索するヤツの腕を抑え込むも、なんの意味もなかった。

「おい、相場は六十万って出てきたぞ」

「ひぃぃぃ!!どうしよう…」

「ボーナスぶっ飛ぶ値段だね」


今度は私の方が頭を抱える。
居酒屋に入ったはいいものの、まだハイボール一杯目である。
正直、お酒など飲む気分にはあまりなれなかった。

「今からでも会社に戻って謝ってきた方がいいかな…」

切実に悩む私の肩を、相楽がポンと叩く。

「そういうのって蛇の生殺しって言わないか?」

「…かもね」

「明日の朝、俺が逢坂にメッセージ入れとくよ」

「なんて?」

「なんかこう…気が利くようなの」

「それこそ蛇の生殺しって言わないの?」

「えっ、じゃあなにもしない方が正解? 」

「だって私たち付き合ってることにしちゃったじゃん」


ここで、長らく沈黙が続いた。