翌朝、ラディアン家の前には王家の所有する馬車が迎えに現れた。

 見送りに立ち会う侯爵夫妻の表情は暗く、これから辺境に嫁入りする娘の身を案じているのだろう。
 貴族としての矜持が高い人たちだった。甘えることに長けたロザリーにばかり構う人だった。
 けれど、優しい人たちだ。これまで向けられてきた愛情は本物だったと、そう信じている。

 両親の横に佇むロザリーはハンカチを手に時折涙ぐんでいた。これが愛する姉の旅立ちを悲しみ、姉の身を案じているという、自分を可愛く魅せる演技だということは明白だ。

 リナローズが乗りこむ予定の馬車では既に夫となるノルツが彼女を待ちわびている。婚約者ではなく、晴れて夫となったその人が。
 度重なる婚約解消願いを失敗に終え、破棄を宣言したにもかかわらず、今日からリナローズの夫となった人だ。
 しかしノルツは姿を見せることなく、馬車の中でリナローズを待つつもりらしい。彼を思えばあまり長い別れの話は避けるべきだろう。

「それではお父様、お母様、ロザリー。あまりノルツ様をお待たせしてはいけませんので、早々ではありますが、わたくしは参ります」

 別れの挨拶は昨夜のうちに済ませてある。リナローズは素っ気ない夫の態度にもめげず、笑顔で家族に別れの挨拶をした。

 身体に気をつけて。夫に尽くすように。離れていてもお前を愛している。そんないくつかの言葉を交わしてから、リナローズは生まれ育った侯爵邸に背を向けようとする。しかし一歩踏み出そうとしたところでロザリーから体当たりのように抱きしめられてしまった。

「お姉様! 私、やっぱり寂しいです! どうか、どうかお元気でいて下さい!」

 泣きわめくロザリーの姿に、リナローズの見送りに出ていた者は一様に涙を誘われた。姉妹の感動の別れである。しかしロザリーはリナローズの胸で顔を上げ声を潜めた。

「可哀想なお姉様。どうか最後に聞かせて下さい。今、どんなお気持ち?」

 詰め寄られても顔色を変えることのないリナローズの頬にロザリーの手が伸びる。愛されるために整えられた長い爪が頬を滑り、それは首筋まで下りたところで牙をむく。強く皮膚に食い込む爪はリナローズの白い肌に赤い痕を残した。

 ロザリーは澄ました姉の顔が惨めったらしく歪み、苦痛に満ちた表情を見ることを望んでいた。そのためにこうして大嫌いな早起きをしてまで見送りに立ち会ったのだ。
 けれどいっこうに望んだ結果を得られず、とうとう別れの時が訪れてしまった。だから物理で解決することにしたらしい。