もちろん、気のせいだと思う。
 だって、そうじゃなきゃ、不毛過ぎるだろ。

「ありゃ、ユウにぃ来てたの?」
「来ちゃ悪ぃんか」
「別に悪くはないけど、彼女できたって聞いてたから別れるまで来ないと思ってた」
「っフラれたんだよ! 悪かったな!」 

 ここに住み始めて、約三ヶ月。(おおむ)ね、彼女との雇用関係および同居生活は良好だ。
 彼女が言ったように、初回で見事にハマった俺を彼女は月に一度の山登りに誘ってくれているし、それ以外の定休日も、彼女は自分のすることを一緒にしないかと誘ってくれるようになった。もちろん、悠真以外の友人もいなければ家族だってほぼ絶縁状態の俺は、その誘いにふたつ返事でのっている。
 とはいえ、定休日以外は、やはり彼女は仕事部屋からあまり出てこない。お風呂に入れ入りたくない問題が勃発するまでの三日間に比べれば、「小腹が()いた」だの「喉乾いた」だのでリビングに出てきたりはするのだがそれとて微々たるもの。
 だというのに、定休日ではない今日、三ヶ月ぶりに悠真が来たタイミングでこんな風に部屋から出てくるなんて、やはりというか、何と言うか。

「おい、凪沙も一緒に呑め。愚痴を聞け」
「やだよ私仕事中だもん。お水取りに来ただけだしフラれんのはいつものことでしょ。めんどくさいから本当、絡まないでね」

 テレビの前に鎮座するテーブルとソファ。テーブルの上にはお菓子やらおつまみやらとたくさんの空き缶。ソファの上には「何でだよ! 意味分かんねぇよ!」と喚く酔っぱらいと、延々と吐き出されるそれらに相槌(あいづち)をうちつつもほとんど聞いちゃいない、俺。
 まぁ、カオスだよな。
 そう思って、お水がいるならと彼女を方を見れば、呆れたような、しかし、「しょうがないなぁ~もう」と言わんばかりの表情(かお)をしていて、出そうとしていた声が喉で詰まる。

「ユウにぃ、どうせ今日は泊まるんでしょ? ゲンくんに迷惑かけてないでさっさと寝なさいな」
「ほんっとお前は冷てぇ! 俺に対する愛情はねぇのか!? ちょっとぐらいあるだろ!?」
「え~あったかなぁ……? なくても別に困らないけど」
「っお前なぁ!」
「はいはい、じゃあね。私、お水取りに来ただけで本当に仕事しないといけないから」
「お、おお、くそ、腹立つなぁ」

 何か、痛ぇ。
 そう思ってたら、知らぬ間に手を強く握り込んでいたらしく、爪の跡に血が滲んでいた。