32.もう一人の聖女様


王都では忙しない日々で色々あったけど、今は少し落ち着きを取り戻した。やっぱりビルは一度母国へ帰ることにして、この前無事に帰り着いたと手紙をくれた。ウーゴさんの事、そしてウーゴさんのご家族を無事に保護できたら留学に来るとの事だ。その日が来るのが楽しみ。


「カストロ辺境伯領は華やかではないが、人の出入りも多く冒険者も多いから活気があっていい街だよ」

「チョコレートを使ったお菓子もたくさんあるのよ。 時間ができたら街へ食べに行きましょうね」

「行きたい! 約束ね!」


カストロ前辺境伯の快気祝いのパーティーに招待され、私は両親と共にカストロ辺境伯へとやってきた。強い魔物が多く生息する森と辺境伯領は隣接している為、危険が多いそうだ。そんな場所を代々任されている辺境伯家はみな武道に長けている。そして強い魔物はお金になる為冒険者が多く滞在してる街でもある。最近知ったことだけど、どうやらダンジョンと呼ばれる建物もあるそうだ。そこでは魔物を倒すと魔道具?の様なアイテムなどを集められるらしく、それらも売買できるからお金儲けにはもってこいらしい。

辺境伯家の門は大きく、建物もお城でもお屋敷でもなく、要塞の様だ。


「ローラン! クラリス! 久しぶりだな!!」


パーティー会場に案内されるや否や、熊の様に大きくガタイのいい男性が豪快に出迎えてくれた。


「ロドルフォ! 久しぶりだな!」


そう言って力強いハグを交わす二人。お父様嬉しそう。それに見たことない表情。お母様や私たちといるときとはまた違う緩んでる感じ。


「レイラ、紹介しよう。 昔からの友人で前カストロ辺境伯のロドルフォだ」

「初めまして。 レイラ・ヴァレリーと申します。 この度はお招きいただきありがとうございます」

「これはこれは、ご丁寧にありがとう。 話には聞いていてずっと会いたかった。 私の事はロドルフォおじさんとでも呼んでくれ」

「は、はい。 ロドルフォおじ様」

「あははははっ! お前たちが溺愛するのも分かるな!」


お父様からどう聞いてるんだろう。なんだか恥ずかしくなった。

室内は外観の要塞感は全く感じさせない上品でお洒落なインテリア。チョコレートを使ったいろんな種類のお菓子も魅力的だ。


「セオドア! エリザベス!」


ロドルフォおじ様に呼ばれて2人がやってきた。2人は両親と顔見知りなのか、慣れた感じで挨拶をした。

私たちもお互いに挨拶を済ませた。2人はロドルフォおじ様のお孫さん。エリザベス様は康寧の聖女様。深紅の聖女様とは違って控えめで儚げな美少女。それに比べてセオドア様は屈強な男性で、知り合いじゃなく話しかけられたら目を合わせず逃げたくなりそう。

エリザベス様と私は歳がひとつしか変わらない。だから話も合うだろうと両親とロドルフォおじ様に言われて2人でいる事になった。


「あの、エリザベス様__」

「どうかエリザベスと呼んでください。 歳もそう変わりませんし。 あともしお嫌でなければ、私もレイラさんとお呼びしてもよろしいですか?」

「“さん”はいりません。 レイラと呼んでください」

「では私のこともエリザベスと呼び捨てでお願いします」


賑やかで煌びやかな空間にいるのに、エリザベスの側はまるで森の中で陽だまりに包まれている様な、そんなあたたかさがある。


「いくつか気になるデザートがあるので、頂いてもかまいませんか?」

「ふふっ、勿論です。 私のお勧めをいくつか見繕ってもよろしいですか?」

「勿論です!」


パーティーでは踊る事もなく、私たちは隅っこで2人でお菓子を食べながら色んな話をした。初めてあったとは思えないくらい居心地が良くて、楽しかった。

暫くはカストロ辺境伯家に滞在させてもらうことになっていて、次の日の朝の食事は辺境伯家の皆さんとご一緒させてもらった。挨拶をして席に着いた。食事をしているともの凄く視線を感じた。熱烈な視線を送っているのはリズだった。

昨日の一晩でかなり仲良くなった私たちは気付けば敬語もなく、愛称で呼ぶ事も許してくれた。


「顔に何か付いてる?」


あまりにも見てくるから心配になった。サラが綺麗にしてくれたから変なところはないと思うんだけど……。


「あ、ごめんなさい。 昨日実はレイラからとても強い神力を感じていて不思議に思っていたんだけど、そのイヤーカフに神力が込められていたのね」


私は耳につけているイヤーカフに触れた。

いつも髪の毛を下ろしてるけど、今日は暑くて髪の毛を上げてもらったから丸見えになっちゃったのね。


「そんなイヤーカフ付けてたのね」


お母様に言われてそう言えば話してなかったかもと思った。


「ローゼンハイム聖下に頂いたの」


両親だけじゃない、みんな驚いている。なんかまずい事言ったかな?


「ローゼンハイム聖下にお会いした事があるの?」

「うん。 それで実はね、ローゼンハイム聖下から少しだけリズの事を聞いてたの」

「私のことを?」

「きっと仲良くなれるだろうから、機会があれば会ってみてほしいって」

「ローゼンハイム聖下がそんな事を仰って下さってたのね。 では聖下にお会いしたらレイラと良いお友達になれましたとお伝えしなければいけないわね」

「私もお会いしたらリズとは仲良くなれましたって伝えるね。 王都に一緒に行けたら、ローゼンハイム聖下に会いに行こうよ。 カストロ辺境伯領のチョコレートのお菓子を勧めてくれたのもローゼンハイム聖下なの。 お菓子を持って行ったらきっと喜んでくれるわ」


食事を終えて、敷地内をリズに案内してもらった。


「レイラは私と同じ聖女ではないのよね?」

「私は光の適性があるだけで、聖女じゃないよ。 どうして?」

「ローゼンハイム聖下と関わりがあるのなら、聖女でもおかしくないと思ったの」

「ローゼンハイム聖下はなんて言えばいいのか……お茶友達のような家族の様な……そんな感じかな。 上手く伝えられないんだけど……」

「そうなのね。 だけど出来るだけ聖下と親しい事は言わない方がいいわ。 聖下は王族ですら安易に近付けない存在なの。 そんな聖下と親しいと知れれば、どこでどんな風に利用されるか分からないもの」


リズの忠告に背筋が凍った。いろんな事が頭の中を駆け巡る。自分にとっては普通な事も普通じゃない。精霊の事や加護の事、異世界の人間である事、絆の事……実は話せない事だらけ。ずっとこのまま自分を偽って生きて行かなければならないのかと思うと憂鬱な気分になった。

リズにそう言われて思い出したけど、あの時ニコラース殿下に聖下との事聞かれて誤魔化しといて良かったと今更になって心の底から思った。