“王子様は案外、近くにいる”  

いつか 麻有子が言っていた。


東京での生活は 自由で豊かで。

美咲の毎日は、驚くほど早く過ぎる。


「はぁ。」

とため息をついた美咲を、通りかかった 営業の斉藤佳宏に聞かれる。
 
「珍しいね。本城さんが ため息なんて。」

笑いながら 声をかける佳宏。
 


「私だって、色々あるんです。」

美咲が 少し膨れて言うと、
 
「そうなの?例えばどんな?」

佳宏は 立ち止まって 美咲と話し続ける。
 


「毎日が 飛ぶように過ぎるとか。今日も、何もないまま 終わるとか。」

美咲が答えると、佳宏は さらに笑う。
 
「それっていい事じゃない。」と言って。
 

「斉藤係長は 男だから。だから そんなふうに思えるんですよ。」

美咲の言葉に、
 
「そうかな。今日が何もないって、一番だよ。」

と言って、佳宏は 美咲から離れていった。



今までも、佳宏とは 普通に会話していたけれど。

その日の会話は、何故か 美咲の心に残った。