いつの間にか教室を埋め尽くしていた人影や騒音は消え、その黒板の下ではマナが手を後ろに結んでちょこんと立ち尽くしていた。

「おめでとさん、想太。よく頑張ったネ」



マナは初めて、邪気のない微笑みを浮かべて僕に言った。

「これから本当のキミの人生サ。後は生かすも殺すも、全部自分次第ってところダ」

「本当の……人生……」



僕はゆっくりと繰り返し……それからハッとして後ろを振り返った。

「……想太」



ニナは、悲し気な微笑みを湛えてそこにいた。

ゆっくりとこちらに近づこうとしてくる彼女を見ても、マナはもう止めようとしなかった。

「想太……ああ、私の想太……」



ニナは呟きながらこちらへと手を伸ばして――



ビシッ! と。



その細い華奢な腕に、割れたガラスの様な亀裂が走った。

「ニナ!」



そのまま倒れそうになるのを見て、僕は慌てて彼女を抱き起こす。

胸元から見上げる彼女の青い瞳は、今やビー玉の様に儚く霞んでいた。

「どうして……こんなことになっちゃったんだろう……」



ニナは僕を見つめて、か細い声を絞り出す。

「ずっとずっと、想太とドッヂボールをしていたかった……一緒に空を飛んでもっと色んな場所へ行きたかった……一生想太の側にいて、残酷な現実を幸せな空想で塗り替えてあげたかった……ねえ想太。私は間違ったことをしたのかな?」

「間違ってない……間違ってなんかいないよ」



僕はそう告げて、それから胸が締め付けられるのを懸命に堪えながらニナに告げた。



「だけど――ニナはどんなに僕を想っても『偽物』しか生み出せないんだ。そして僕がいるべき場所はここじゃない」