先輩の魅力を知っているのは一生、私だけで良い。

先輩はモテない。地味だし、うじうじしていて日陰者である。キラキラ輝いている女子たちには興味が無いどころか眼中に入っていないだろうし、先輩本人もまた彼女たちには興味が無いのだ。

だけど私は先輩の魅力を知っている。先輩は絵が上手い。そこらのなんとなくで絵を描いてる美術部員とは別物で、物を見る力がある。なんでも形をとれる。色彩感覚も豊かだし、光と影の美しさをとても綺麗に表現するのだ。
あと、先輩は実は優しい。普段はあんまり喋らないし、喋っても頷くことしかしない。私も最初はそうだった。だけど、段々自分のことを話してくれるようになった。私も自分のことを話すようにした。先輩はそれら全てを聞き流したりしない。適当なアドバイスはしない。足を痛めて新体操部を辞めたとき。目標も何もかも失った私に先輩はいつも勇気をくれた。的確なアドバイスばかりだった。
先輩は、実はかっこいい。顔の話だ。前髪が長いから普段はよく見えないけど、清潔感がある。母の好きな俳優に似ていた。あんまりみれることはないけど、笑うと目がきゅっと細くなる。ときどき歯をみせて笑う。白い歯は美術室の窓からさす光をきらきらさせた。
先輩は、チキンだ。すぐに緊張して、手を震わせる。絵の賞をとったとき、集会で表彰されていたとき、先輩の足はがくがくだった。そんなところも、可愛いと思った。

だけど先輩は、鈍感だ。
私が美術部でもないのになんで毎日第二美術室に来るのか先輩は不思議に思ってないみたいだった。新体操部を辞めてから美術部に入ったと勘違いされるくらいだったのに。

それに先輩は思わせぶりだ。
二学期の後半はキャンバスをみせてくれなくて、不思議に思っていたら終業式の日に先輩は私の絵を見せてきた。キャンバスには私のようで私じゃない誰かがいて、こちらを見ていた。最初は絵を褒めただけで機嫌を悪くしてたのに。わけがわからないよ。

あと、先輩はモテ始めた。
最近、ファンとか名乗ってる一年生がのぞきに来る。やめなよ、先輩なんて。やめときなよ。地味だしかっこわるいよ、やめときなってば。
わけわかんない。先輩が馬みたいな顔だったら良いんだ。あいつらに先輩の何が分かるんだ。

先輩はあと一学期で卒業してしまう。
美術系の大学に行くらしい。先輩はほぼ受験勉強しなかった。大学の方から先輩を欲しがると美術の先生からきいて、私はちょっとぞっとした。先輩がどんどん離れていく。大学は東京にあるらしい。


先輩。
先輩の絵の上手さを知ってるのは私だけで良いよ。大学なんてどっかいってよ。
先輩のイケメンさを知ってるのは私だけで良いよ。ファンなんて自称だ。
先輩。
先輩の魅力を知っているのはずっと、永遠に私だけで良いよ。

なんて言ったら先輩はきっと笑うだろう。いや怒るかもしれない。先輩は世界に認められる画家を目指してるんだ。私なんか、なんかずっと遊びに来ていたその辺の女なのかもしれない。


でも先輩。
私は諦めたくない。

先輩は校庭の満開の桜より、美術室の窓から見えるプールの水面に広がる花弁が好きだった。先輩の事だ。どうせ、最後の日もきっとあそこにいるんだ。

私は、友達の輪から抜け出して、三階の最奥をめざして走った。誰もいない校舎に私の胸の鼓動と耳を切る風の音しかしない。

古びた扉を開いた。息を切らして、先輩の名前を呼ぶ。
先輩は逆光を背に、ふわりと光っていて、キャンバスに絵の具をのせていた。

「__先輩」

「来てくれると思ってた」

「先輩!」

「ねえ、最も君の魅力を知っているのは僕なんだよ」

先輩はパレットを机に置いた。キャンバスをこちらに向ける。
そこには美術室で絵を描く私たちの後ろ姿が描かれていた。

「君とかく絵がすきだ。気づいたら君がいないと絵がかけなくなっていたんだよ。

君はついてきてくれる?僕を傍で応援しててくれる?」

涙で視界がぼやぼや消えていった。金色のひかりは先輩を包み込んでなくした。

私は震える先輩の手を笑った。それから大きくひとつ深呼吸して、先輩に一歩近づく。

「先輩の魅力を知っているのは私だけなんですよ」

先輩に抱きつくと、絵の具の香りがふわっと脳をきつく締め上げた。