「ねぇー。こうちゃん起きて」

彼女のその声は寝ている彼にとって耳障りでしかなっかた。

「早く、早く起きてよ」

――っんだよ、うるせーな。

目を覚ますと彼の頭は一瞬にして冴えた。
口元には布のガムテープが付けられ、手足は結束バンドで隙間が出来ないようにしっかりと結ばれている。しかも驚くことに彼女は彼のお腹の上に股がり、顔をリンゴのように赤くして彼の方をじっと眺めていた。顔が赤いのもそのせいなのか体温が上がっているのが分かる。

「んんー、んんんっんんんんー」

口元をガムテープで塞がれているため彼女に喋りかけることすら出来ない。

――由美。お前、何やってんだよ。

彼は体を左右へ動かし彼女を退けようとするが、動けば動くほど彼女の体温がじかに伝わってくる。

 ――なんだよこの状況。

その時、彼の頭を3文字の言葉が過ぎった。

――こ、これは夜這いというやつでは。

その言葉が頭を過ぎった瞬間から自分の身体が熱くなっていくのに気づく。

――いやいや、由美に興奮してどうするんだよ。

焦りながらも一旦落ち着こうと時間を確認するため時計に目線を動かした。
しかし、時計は枕元にあるため見ることができない。

――くっそ、見えない。

仕方が無いので目線をベッドの横にある窓へ向けた。自分の部屋にある緑色のカーテンの隙間からは少しばかりか光が差している。

彼女の体温が直で彼のお腹に伝わってくる。

――やばい……

彼の男性としての本能がそろそろ危なくなってきていた。

「んー、んーー」

彼女に『はなせー! 』と訴えるが口元を完璧に塞がれているため全く喋る事ができない。

「んーーじゃない。言った通り約束は守ってもらうからね」

「……ん? 」

「この状況を作るために苦労したんだから……」

彼女の言っている意味がさっぱり分からなかった。
だが彼女の目が潤んでいるのと同時にこちらを少し睨んでいるということだけは彼にも把握できた。





2階の|高橋光樹(たかはしこうき)の部屋にまで聞こえてくるインターホンの音。

「あぁー、うっせーな。連打しやがって」

梅雨に入り蒸し暑い日が続く日々。この日も朝から湿気がすごく、動かなくても汗が出てきてしまうほどの蒸し暑い朝だった。

「あっつ……」

そう言いながら光樹はベットから起き上がり部屋の外に出た。扉を開けたと同時に廊下にある天井窓から光樹の目に朝日が差し込んできた。

1階へと続く階段を勢いよく駆け下り、リビングへと入った。リビングのカーテンは空いており部屋全体に光が行き渡っている。

「はぁー、やっぱお前か」

見慣れた顔をカメラ越しに確認した光樹は、インターホンの通話と書かれたボタンをやる気なさそうに押した。

「はい、どちら様ですか? 」

「あ、こうちゃん。おはよぉ」

「あのーどちら様でしょうか…… 」

「私だよ……」

「ワタシワタシ詐欺ですか? 結構堂々とやるんですね」

「なぁっ、違うし。高橋光樹君の彼女さんだよ? 」

「……」

「なんで無視するのよ」

「だって、俺に彼女なんていねーから」

「あっ、そっか! 彼女じゃなくてお嫁さんか! 」

「……」

「ねー、また無視? このバカ光樹! 」

「あっ、ごめんなー。朝だから眠くて。全く話聞いてなかったーー」

「あっそ、じゃーもういいもん」

カメラ越しに見えるその顔は、風船のように頬が膨れ、目はこちらをじっと見つめている。

「もういいから、早く鍵開けて! 」

「なんでお前に命令されてるんだよ……」

「い、い、か、ら、早く開けて! 遅刻するよ? 」

「少し待ってろ」

光樹は通話ボタンを切りリビングを出た。目の前に見えている玄関の方に廊下を歩き、裸足のまま玄関に降りて鍵を開けた。

鍵を開けた瞬間、ガチャっと音がしドアが引かれる。すると、外から|犬澤高校(いぬさわこうこう)の制服を着た|櫻井由美(さくらいゆみ)が黒髪を|靡(なび)かせながら満面の笑みで入ってきた。

「おっはよー、こうちゃん。今日も朝ご飯作りに来たよー」

「おはよーじゃねーよ。朝からうるさい奴だなー」

「だって、こうちゃんが鍵開けてくれないんだもん」

「それと、朝からインターホン連打すんなっ」

「だって、こうちゃんが鍵開け――」

「だってぇー? 」

由美の言葉に被せるように口が開く。

「な、なんでもないです」

由美の方をじっと|睨(にら)む光樹を見て|威圧感(いあつかん)が凄かったのか、由美は言い返す事ができなかった。

「じゃーよろしい。もう二度と連打すんな」

「っ……」

体はそのままにして、顔だけを光樹から逸らし小さく舌打ちした。

「今、舌打ちしたよな? 」

「い、いや。してないけど…… 」

「ちぇっ。って聞こえたぞ」

「してないよー」

『本当にいるんだな。こんなに分かりやすいほど、嘘が下手くそなやつ』と言いたくなるほど由美の言い方はわざとらしかった。

「確実に聞こえたし。ちぇっ、ちぇっって」

「にに、2回もしてない! 」

「やっぱ、してんじゃねーかっ! 」

急に大声を出したせいか由美が1歩後ろに下がる。それと同時に光樹が右手の人差し指を由美に向けた。

「あ…… 」

由美の表情が180度がらりと変わった。口元が開きっぱしになりその場に1ミリも動かず立っている。

「やっぱりしたんだな。舌打ち」

「してないもん…… 」

今にも消え入りそうな声で言う。

「は、なんて言った? 声が小さくて聞こえませんけどーー? 」

言い方に悪意を感じる。明らかに棒読みだった。

「して…… してな…… ……てない」

段々と由美の声のボリュームが上がっていく。

「まさか。『してない』なんて言わないよな? 」

「うぅっ…… 」

「まぁー。今、ちゃんと舌打ちした事認めたら許してやろーかな」

上から目線の光樹。明らかに由美を馬鹿にしている。

「すぅぃまぁ…… せんでぇしぃたぁ……」

歯を食いしばりながら唇だけを動かした。

「なにー? 聞こえなーい」

「すいま…… せん」

「しょーがねーな。許してやろーかなー」

勝ち誇ったような顔をする光樹。
その顔を見て由美は顔を少し赤くし悔しがっている。

「もういいから。早く着替えてきて」

顔を赤くしながら光樹の両腕を掴み、玄関とは逆の方向に光樹の体をむけた。

「なんだよ」

「いいから。早く着替えてきて」

光樹を家の中へ押しながら靴を脱いだ。

「おい。押すなよ! 」

「いいから、早く制服着て。遅刻しちゃうよ」

「遅刻って…… まだ6時30分だぞ。全然、時間あるじゃねーか」

前に押されながら顔だけを由美の方に向ける。

「もうっ! 朝ごはん作るから早くしてよ」

「あの不味い朝飯か? 」

「不味くないしっ! きっと…… 」

「いや。不味いよー」

「あっそ。じゃーもう作ってあげないんだからねーだ」

軽く舌を出しなが光樹を押すのをやめた。

「なんだよ急に…… 怒ってんのか? 」

「いやっ、別に怒ってない」

「怒ってんじゃん」

「だーかーらー。怒ってないって」

明らかに怒っている。

「あぁーー、すいませんでしたっ。さっきの嘘です。本当はめっちゃくちゃ美味いです。お前の作った料理は…… 」

めんどくさそうな顔をしながら顔を赤くする光樹。さっきの勝ち誇った顔が嘘のようだ。

その顔を見て由美の顔も一瞬にして笑みに変わった。

「じゃー、早く着替えてきて! 美味しいご飯作っておくから」

「わ、わかった…… 」

顔を赤くしながら2階へと上がり自分の部屋に戻った。

「ガチャン」

自分の部屋に入りドアの前で足を止める。

「やっば…… あいつの反応可愛すぎ」

つい気が緩んでしまい心の声が漏れてしまう。

「あーー、もっといじめてやりたい。もっともっと可愛い反応をみたい」

光樹はそのままベットに座り込んだ。

「やばいな…… 最近可愛さが増してる。学校でボロが出ないよう気をつくけよ!」

「こうちゃーん。台所借りるからねー」

下の階から急に響いてくる聞き慣れた声。どこか落ち着くようで同時に光樹の胸がギュッとなる声。

「おーー。勝手にすればぁー」

大声で言い返す。

――あいつは誰にも渡さない。俺のものだ。

「絶対に渡さねーぞー」

声を大にして叫んだ。

「こうちゃん? どうしたの? 」

――やばい、やばい。

由美が階段を上がって来ている音がする。

「いや、なんでもねーよ」

「本当に? 大丈夫? 」

「大丈夫だから。下行ってろって! 」

「うん。わかった…… 早く降りてきてねぇ? 」

「おー、今行くは」

――由美には絶対バレないようにしないと。

そう決心して制服を持ち1階へと降りていった。