【佐倉鈴side】
「鈴ちゃん!」
高校3年生の春。
私は隣のクラスになった磯ヶ谷くんに人気の少ない渡り廊下で呼び止められた。
「ずっと鈴ちゃんのこと好きなんだ!俺と付き合って欲しい!」
…正直、私はまだ誰とも付き合う気は無い…
「…あの、気持ちは嬉しいんだけど…」
だから、磯ヶ谷くんの気持ちも丁寧に断ろうとした。
「…知ってるよ。鈴ちゃんがまだ卯月のこと忘れられないって。」
…そう。
私はまだ、輝が忘れられない。
輝がいない現実を受け入れられていないんだ。
「…だから、卯月がいない寂しさを俺で紛らして欲しいんだ。」
「…輝の代わりにするかもよ?」
…利用することと同じことだよ?
…私を好きでいてくれているのに磯ヶ谷くんにそんな残酷なこと出来ないよ…
「それでもいい。
いつか、俺自身を好きになってくれたらそれでいいから。」
磯ヶ谷くんは食い下がる。
…輝…
私はまだ、前に進めてない。
「…最初は輝の代わりにしちゃうよ?
それでもいいの?」
「構わない。
卯月がいない寂しさを俺で埋めてくれ。」
私は、この人にかけてみようと思った。
輝が遺してくれた大切な気持ち。
“強く生きて。”
ずっと、大切にしてきた。
輝への想いも。
「分かった。いいよ。」
私は磯ヶ谷くんの申し出を受け入れた。
「ありがとう鈴ちゃん!」
…ちゃん、か…
輝が呼び捨てで読んでくれてたことが懐かしい。
…もう、半年も前なのにね。
何年も会ってない気がするや…
輝が亡くなってから、私は部屋に引きこもるようになっていたから。
それも、終わりにしよう。
「よろしくね、磯ヶ谷くん。」
磯ヶ谷くんはにっこり笑う。
…こんな優しい顔出来るんだ…
「卯月に教えて貰ったんだよ。
人に優しくする気持ち。
…あいつが生きてる時に、優しくなっとくべきだった。」
…磯ヶ谷くんは優しいよ。
輝から聞いてた。
「知ってるよ、優しいってこと。
輝もそれを分かってた。」
輝が風邪を引いてた時。
上着を貸してくれて消化の良いものを一緒に選んでくれたって。
輝から聞いていたから信じてみようって思ったんだもん。
「…卯月は、鈴ちゃんを大切にしてた?」
「うん、でも最期まで、ひとつにはなれなかった。」
…キスすら出来なかった。
輝は私に手を繋ぐだけで、それ以上は何も無かった。
「じゃあ俺がその分、するよ。」
「…うん。ありがとう。」
ぽろぽろ。
私の目から涙が流れる。