うーん、うーん、うーん…
だめだ、やっぱり出てこない!

気がつけばもう夜一時。
勉強机に突っ伏して、ため息をつく。
コンテストの締め切りはもう1週間後なのに、恋愛ものとなるとやっぱり全然描けない。
家族はもうみんな寝てしまったのだろう。
いつもの弟や妹の騒がしい声が聞こえて来ない。
二階にある私の部屋は、夜になるとぼんやり薄暗い。
やけに静かで、なんだかちょっと不気味。

もう寝ようか。

そう思い、風呂場に向かおうとすると、ラインが入った。付き合っている、先輩の神口からだった。
思わず頰がにやける。
「マヤちゃん、明日の放課後時間あったら、デートしない?」
神口先輩は、一言で言ってしまえば学校のアイドルみたいな存在だ。
そしてもう一言付け足すなら、少女漫画に出てくるような、いわゆる爽やか王子。
彼に恋した女の子は、みんな目を血走らせてかわいくなる努力をしてる。
そんな人とどうして自分がカップルなのか。
告ってきた神口先輩に聞いたことが何度かある。

マヤちゃんは、世界一可愛いからね。

目鼻立ちの整った、綺麗なイケメン王子にそんな風に囁かれて、舞い上がらない乙女などどこにいる。
結局毎回そんな風にはぐらかされている気もするが、どうしてもにやけて、ポーッとなってしまって言葉が続かない。
そんなわけで、私は神口先輩とお付き合いをしている。

了解しました!いつもの場所で待ってます!!
よろしくお願いいたします。

緊張で手が震える。
絵文字なしのサラリーマンの様な文体に思わず苦笑して、返事のスタンプがすぐにきたのにまたニヤリとして、私はお風呂に入る。
シャンプーで髪を洗うと、曇りかけた鏡に自分の姿が映る。甘い香りがふわりと漂った。
とりわけ可愛いわけでもない自分をどうして好きになったのか。
「…、ま、いっか。」
ぐだぐだ考えていても仕方がない。
鼻歌交じりにさっさと湯船に浸かった。
「明日、楽しみだなぁ…」
ドキドキする胸をそっと手で押さえてみると、高鳴る鼓動が伝わってきた。
明日はいつもよりもう少し、髪に気を使おう。
ちょっとファンデしようかな。
いつもより濃いめのリップして。
笑顔でいよう。
そんな考えが、頭からポンポン飛び出る。
一番可愛い自分を見てほしい。
あー、これって恋なのかな。先輩の笑顔を思い出すと、なんだかほっぺが緩んで、胸の辺りが、キュンとなる。

切なげに、自然と漏れた小さなため息。

なんだか急激に恥ずかしくなって、湯船に頭の先まで潜った私は、まるで少女漫画の中の悩める乙女って感じだ。





その時私は知る由もなかったのだ。



私と先輩と、そして彼を繋ぐ、



とある物語の歯車が




今、大きく動き出したということを。