空き教室に三つの影があった。

 今日一番の不機嫌さを表にだし、机の上に足をのっけてふんぞり返る剣淵奏斗。
 ニコニコ笑顔で鼻歌まで決めている浮島紫音。
 そして、タヌキを思わせる垂れ目を限界まで見開き、ぽかんと口を開けて硬直する三笠佳乃。

 佳乃からすれば、極悪なメンバーである。なにも知らない者がみれば男子二人に挟まれて両手に花の、羨ましい光景だと思うのかもしれないが、この二人は佳乃にとって超要注意人物なのだ。両手に生肉を持って肉食獣の檻に入ってしまった気分だ。

 しかし、剣淵を呼びだすとは。ここ数日会話どころか目も合わせなかった男なのだ。どうやって浮島は剣淵を連れてきたのだろう。
 様子をうかがっていると剣淵が動いた。足は机に乗せたまま、視線だけを浮島に向ける。

「おい。なんでこいつを連れてきたんだよ」
「えー? 好みじゃなかった? カワイイ佳乃ちゃんだよ」
「ふざけんじゃねぇ。俺は帰る」

 ガタン、と机を蹴る音がした。剣淵が机を蹴ったのだ。そして立ち上がると、教室から出ていこうと歩いていく。
 まさかこのまま剣淵を帰してしまうのか、と佳乃が振り返って浮島を見れば、その口元は勝利を確信して怪しく弧を描いていた。

「オレ、口が軽い男だからさー。苗字も浮島だし、ふわふわしているってよく言われるんだよねぇ。だからうっかりしゃべっちゃうかも」
「……は? しゃべるって、何を――」
「キミが、佳乃ちゃんにし・た・こと」

 剣淵の動きが止まった。あまり表情を変えない剣淵が驚きに目を丸くしている。それは大変面白い姿なのだが、笑う余裕はなかった。なにせ、剣淵だけでなく佳乃にも関係ある話なのだ。

「佳乃ちゃんに無理やりキスしたんでしょ? 二人ってそういう関係なワケ?」
「な、なんでそれを……」

 そこまで言いかけて、佳乃ははたと思い出す。この男は動画を撮っていたのだ。つまりあの日、菜乃花と話していたことはすべて浮島に知られている。

「……なにが目的だ」

 剣淵は肯定も否定もしなかった。観念したような物言いだが、その顔はまだあきらめていない。浮島を強く睨みつけ、その怒気が教室の空気をびりびりと震わせている気がした。

「やだなあ、目的なんてないよ。ただみんなで仲良くしたいなって思っているだけ」
「んなわけねーだろ。本当のことを言え」
「本当だってば――ああ、そうそう。オレいっこ年上だから。もう少し先輩を敬おうね、剣淵くん」

 剽軽な声色でありながら、浮島も抗えない鋭さを放っている。すっと細められた瞳は剣淵をねじ伏せようとしていた。

「クソッ!」

 折れたのは剣淵だった。再び机を蹴り、荒々しく椅子を引き掴んで座るも苛立ちは収まらない。その矛先は、二人のやりとりに萎縮し身を強張らせている佳乃に向けられた。

「ぜんぶ、お前のせいだからな」
「な、なんで私なのよ」
「お前に関わると、めんどくせーことばかり起きるんだよ」
「それはこっちの台詞! それもこれもあんたが――」

 二人が言い争いをはじめたところで、パチンと乾いた音がする。音の出所を確かめるべく振り返れば、手を叩いたのは浮島だった。

「仲良しはいいことだけど、オレのことも忘れないでね」
「これのどこが仲良しに見えるんですか!?」
「寂しいからオレも混ぜてよ。オレ、アブノーマル大好き人間だから複数もばっちこいだよ」

 その発言に身の危険を感じた佳乃は黙った。剣淵も言い争う気が削がれたらしく、頭を抱えてうつむく。

「あれれ、二人とも元気なくなっちゃった? まあいいや。ねえ、連絡先交換しよう」
「なんでだよ」
「呼びだす度に二年生の教室に行くのは面倒だからね。オレ、注目されやすいし。だから下僕呼び出し装置は必要だと思うんだ」
「……いま、さらっと下僕って言いましたよね?」

 浮島に秘密を握られていなければ逃げ出せるのに。渋々とスマートフォンを取り出すいまだけは、剣淵と同じ気持ちを抱いているかもしれないと佳乃は思った。